第10話 レイフィスの調査・1

 シルフィにとっては思わぬ展開である。


 警戒が強くて、資料を調べるのは無理かと思っていたところにレイフィスが「見せろ」と要求してきたのであるから。


(ひょっとしたら、警戒が強いのも脱走とか資料云々ではなくて、こいつが軍勢連れてくることを警戒していたのかも?)


 シルフィは直感的にそう思った。


 レイフィスとレイシェ・リーネンク・ホールワープの間には明らかに対立がある。


 しかも、レイシェ側には色々と後ろめたい事情がある。


 ただし、奴隷云々についてはオルセナ全域が行われている。外国人であるシルフィにとってはロクなものではないが、レイフィスがどう思っているのかは分からない。



「構わぬが、この部屋からの持ち出しはならん。国家機密ゆえな」


 レイシェは忌々し気に言った。


「囚人も脱走されたようなのに、機密も何もないと思うが」


 嫌味を言いつつも、レイフィスは持ち出さないことには同意した。


 フンと嫌悪感を露わに外に出て行った。


「さて、と。おまえ達も調べろ」


 レイフィスは衛兵にも指示を出すと早速資料に手を伸ばした。


(あ~、それじゃないのよ)


 資料の期待をしたいところだが、まず手をつけたのが王宮の予算に関係する資料だ。


 もちろん、それも気になるものではあるが、シルフィが一番知りたいのはそれではない。


(ビアニーの取引はどこにあるんだ)


 シルフィはこっそりと資料室の中を歩き回る。


(あれだ。あいつ、隠そうとしていたのね)


 資料室の一番低い棚の角の方に入れられていた。中々目につきにくいところだ。


 シルフィは三人の様子を伺ったが、全員、自分達の資料を精読している。その間に取り出して、ポイッと空中に向かって放り投げた。たちまち、バサッという音を立てて床に落ちる。


「……何だ!?」


 突然背後で音がしたのだから、三人がギョッとした顔で振り返った。


「誰もいませんね。資料が勝手に落ちたのかも……」


 衛兵の指摘にレイフィスも頷いた。


「そうだな。都合の悪い資料を奥の方に詰め込んでいて、弾き出されたのかもしれんな」


 立ち上がって、落ちた資料を確認しにくる。タイトルを見て「ほう」と声をあげ、拾い上げてテーブルに戻った。やはり仇敵たるビアニーとの取引は気になるらしい。



 前回、シルフィが調べた時には目的意識もなく、何となく見ていただけなので大雑把なところしか分からなかった。今回は、ビアニー側からオルセナに何らかの人員・技術の提供があったのかという焦点に絞って確認するが、幸い、レイフィスがすぐに見つけた。


「なるほど。殿下ともども威張っていた例の魔道士共はビアニーから来ていたのか」


「アロエタ砦を全滅させたとか息巻いていた件ですか?」


「そうだ。サンファネスであっさり捕まって、処刑されたという話だ」



 アロエタでの虐殺事件については当時近くにいたので、シルフィもよく知っている。だから、衝撃が大きい。


(あの事件も、何か繋がりがあるの……?)


 アロエタで虐殺を起こし、サンファネスも攻撃しようとしていた理由は、コレイド族がオルセナ中央政府に対して反抗的だから見せしめに行った。


 当時はそう聞いていた。


 それはツィアの推測でもあったし、被害者側のコレイド側もそう考えていたのだから疑う余地もなかったのだ。



 しかし、その実行者がビアニー大公の一味であり、怪しい実験をしているとなると話が変わってくる。


(となると、気分は最悪だけど、もう一回アロエタの跡地を調べた方が良いのかも……)


 虐殺が行われた現場など、足を踏み入れたいとも思わないし、その調査などまっぴらごめんである。しかし、何かの実験やら研究があったとするなら、調べてみなければならない。



「……魔道士共の履歴書もあるな」


(お、そんなものもあったんだ……)


 シルフィはレイフィスの真後ろに移動した。


 その瞬間に、レイフィスがけげんな顔をして振り返った。


「……誰か俺の後ろに手を回したか?」


 2人の衛兵に尋ねるが、聞かれた側は「何のことですか?」という顔だ。そもそもレイフィスの後ろに手が届くほど近くにいない。


 レイフィスは再度首を傾げた。


「……気のせいか。あいつが監視しているかもしれないと思っているから、何でも怪しく思えるのかもしれん」


 そう納得して資料に向かった。


 シルフィは無言で胸をなでおろしている。


(結構、勘が鋭いなぁ。あまり大きく動くとダメね)


 ともあれ、履歴書を覗くことはできた。


 イサリア魔術学院を過去四番目の成績で卒業した英才と書いている。その後、過去最高の成績で卒業したメイティア・ソーンと共同研究しているのだ、とこれまた自慢めいて書かれてあった。


「俺は魔道のことはさっぱり分からんから、凄いのか凄くないのかさっぱり分からんな」


 レイフィスは首を傾げながら、履歴書を横へと追いやった。


(四人で二千人虐殺したんだし、人格は最低だけど能力はあったんだろうね……でも、そうなると)


 過去四位の魔道士をあっさり制圧したというエディスも、たいしたものなのかもしれない。


(というより、頭脳を全部魔力に変えたようなエディスお姉ちゃんと、冷静冷酷鉄面皮な異端審問官みたいなツィアさんのコンビがサンファネスにいるなんて、普通思わないものね……)


 暗殺された王子とビアニー大公にとってはそれが誤算だったのだろう。

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