第5話 ルーリー・ベルフェイル
メミルスに連れられて一時間、アネット市中央にある宮殿にたどりついた。
その先導を受けて、一番奥にいる応接室へと向かう。
広い長方形の部屋の正面に、1人の男が座っていた。
ベルティ王室の者は、容姿に関しては平凡な者が多いという。
例外として知られているのが、現王カルロアの末子サイファのみ。彼は母親似らしく、美少年だと聞いている。
さしあたり、目の前にいるルーリー・ベルフェイルはアクルクアでももっとも平凡な茶髪に茶色の瞳という組み合わせ。身長もツィアより数センチ低い。
早い話、外見に関してはどこにでもいそうな普通の男である。
もっとも、その中身はただものではない。五つの民族が混在するアネットを完全にまとめているのだから。
ルーリーが朗らかに挨拶をする。
「久しぶりだな、ビアニー王子ソアリス。今はツィア・フェレナーデと呼びかければ良いのかな?」
「そうですね。その方が有難いです。ルーリー殿下」
「では、そうしよう」
「早速ですが、私の身分証明書を作っていただけるということで?」
「証明するのが俺でよければな」
ルーリーはそう言って笑う。
「もちろんです。自分1人しか知るもののいない名前をベルティ王子に保証していただけるなんて、これほど有難い話はありません」
「いつの間にか世辞がうまくなったな」
ツィアの追従のような言葉に、ルーリーが苦笑する。
「まあ、これから周囲は敵だらけになるかもしれない状況だ。有能な協力者が1人でも欲しいところに、おまえクラスの者がポンとやってきたのだ。便宜を図って味方に取り入れたいと思うのは当然だろう?」
「動機はどうあれ、私にとっては有難い限りです。それで何をすれば良いのでしょうか?」
ツィアにとって最も気になる点は、具体的に何をするか、である。
ルーリーと協力して、自らの身分を証明してもらう、これ自体はツィアにとって何の不満もないことだ。ただ、協力の内容があまりにも割に合わないものであればその限りではない。
「メミルスからも聞いていると思うが、別に難しいことをやってもらいたいわけではない。さしあたりはステル・セルアに行って、国王の状況を確認してもらいたいのと、シルヴィア・ファーロットに接触してもらいたい」
「シルヴィア・ファーロット?」
意外な名前にツィアは目を丸くした。
シルヴィア・ファーロットと言えば、フンデの下級貴族出身の女性であるが、それ以上にアクルクアでも屈指の美貌をもつ少女として知られている。
その容姿については、ツィアも3年前に目の当たりにしている。メミルス同様に、彼女もイサリア魔術学院の留学生として来ていたからだ。フンデ出身者がイサリアまでやってきたことは過去にも後にも他にない。それだけシルヴィアが期待されていたということだろう。
そんなシルヴィアは、フンデの貴族と結婚したという話を風の噂で聞いていた。
しかし、好事魔多し。領地近くにあった大陸最大の活火山アプフィ山が大噴火を起こして夫は死亡したらしい。
メミルスが替わって話をする。
「それ以降、フンデ国内をしばらく転々としていたようですが、現在はステル・セルアにいるらしいです。ベルティの有力者にもシルヴィア姫の名前を知る者は多いでしょうし、そうでなかったとしてもあの容姿です。コミュニティの顔としてはうってつけの存在と言えるでしょう」
「……なるほどねぇ」
再度3年前のことを思い出す。
当時、国外から来ていた留学生は八人で、女子は三人だった。
全員貴族出身の女性で美人ではあったが、中でもシルヴィアは飛びぬけていたと言ってよい。自らの婚約者であるセシル・イリード・ヒーエアも美人だとは思うが、単純な美貌だけで言えばシルヴィアの方が上だろう。
「そういえば、ルーリー殿下の母君はフンデからの方だったようですが、それも関係あるのですか?」
「いや、それはない」
ルーリーは即座に否定した。
「何せここアネットは部族対立の多いところだ。母の出身だからと優遇でもしようものならバランスが崩れてしまう」
「なるほど……」
ルーリーのアネットにおける統治方針は徹底的な平等と聞いている。異なる部族同士が問題を起こした場合には、両当事者と異なる部族達に任せるなど、優遇と取られるようなことは一切行わないらしい。
それは当然、自分の出自に近い相手にもあてはまる。
(理屈は分かるが、それを貫くのは大変だろうな……)
自分の母親の部族も他人扱いというのは、中々に寂しい。自分ではとてもできそうにない、とツィアは感心する。
「……シルヴィア姫の組織には私の方から支援しております」
メミルスの指揮する情報部が資金を出しているようだ。
「ですので、私の名前を出してもらえれば大丈夫です」
「分かった。出発はいつですか?」
「証明書は今、お渡ししますし、あとはツィアさん次第ですね。婚約者の病状からすると早い方が良いのでは?」
メミルスはそう言って証明書を渡してくれた。
と、同時に呼びかけもくだけたものに変わっていた。
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