第6話 ステル・セルアで・1

 身分証明書を貰った次の日にはツィアは南に向かって出発した。


 メミルスは準備が良い。「必要な馬と食料などは用意しておきました」と気前よく渡してくれた。馬と食料と言いつつ、簡易な寝具もついている。


「他人と接触する機会が少なければ、身元を突っ込まれる危険性も少なくなりますからね」


 食料がなければ買わなければならない。寝具がなければどこか宿を借りる必要がある。話をすると、相手の印象に残り、そこから「怪しい奴がいる」となりかねない。


「見知らぬ奴が馬を二頭も持っていると怪しまれないか?」


 相手に主導権を渡しっぱなしなのは面白くないので言い返した。


 馬が二頭いれば、荷物も多めに持てるし、乗らない方は疲労しないから円滑な移動ができる。


 とはいえ、馬一頭でも決して安くはない。見知らぬ男が二頭も馬を連れているとなれば怪しまれるし、盗みに遭うかもしれない。


「そこはそれ、気に入らないならどこかで放逐してもらっても結構ですよ。ステル・セルアに近づくと、色々ピリピリしているでしょうしね」


「情報局長は随分お金持ちのようで」


 メミルスのにこやかな様子に、ツィアは「参ったよ」とばかりに肩をすくめた。



 充分すぎる装備があるため、移動は早い。


 進むこと五日でツィアはステル・セルアへと到着した。


 ベルティ王国の王都ステル・セルアはアクルクア最大の都市で、その人口は100万を超える。


 ただし、市街として城壁で囲われているのはその五分の一にも満たない。


 その周辺区域に次々と建物が建てられていき、区画などの余裕はないが道だけは通してあるという様子だった。そのため、外縁部の城壁に近い地域はものすごく密集地域となっている。


 これだけの人が、窮屈な思いをしてステル・セルアにやってくるのは、ここなら食料が確保できる、という事情が全てだ。


 南は海に面しており、沿岸は海流が行きかうため豊富な漁場となっている。


 北側と西側には広大な農地が広がっており、米も野菜も実っている。


 十二分すぎる食糧事情のうえ、国王カルロア4世が食料の配給も行っているため、病人や貧困層でも食うには困らない。


 そのため、貧困層はおれども、生きるための犯罪をいる必要はなく、治安も良い。


 ベルティ王国がアクルクア最強国と呼ばれる所以である。



 そうした事情を改めて確認した後、まずツィアは市場へと向かった。


 ステル・セルアには東西と中央区に大きな市場が五つある。


 北から向かってきたので、まず北の市場に入った。


 目当てはもちろん薬だ。薬売りのところに行き、病状を説明して薬がないか探そうとしたが。


「おっ? これは、ビアニーではまず手に入らない滋養薬?」


 入ってすぐ、ツィアは見覚えのある根を見つけて目を輝かせた。


 この根をすり潰して飲む薬は直接病気に効くものではないが、滋養強壮に効くとされる。


 実際、この根が確保できていたうちはセシル・イリード・ヒーエアの病状の進行は押さえられていた。しかし、ビアニー国内にはそれほどの量がなかったため、使い果たしてしまったのである。


「こんなにあるのか。凄いな……」


 野菜の束のようにまとめられている根の塊を見て、ツィアは感嘆の声をあげた。


 最大の目的は病気の完治だが、体力がつけばある程度持ちこたえるだろう。この束をまとめて買えば半年くらいは間違いない。


「……この根薬、他の店にもあるかな?」


 あるだけ買って、ツィアは尋ねた。


「これは北の山の方に行けば普通に取れるものだからねぇ。薬を扱うところなら大抵のところにあるんじゃないか」


「ありがとう」


 となれば、二、三年は大丈夫だろう。


 ただ、北の山ということはアネットの近くも含まれる。ひょっとしたら、アネットでも買えたのかもしれない。


「ま、どっちにしろ船で運ぶから関係ないか」



 買えるだけ薬を買い込むと、ツィアはステル・セルアの南側へと向かう。


 この南側にはステル・セルアの港もあるし、フンデのコミュニティもそこにあるという。薬を得た以上、他に行くところもないのでまずは真っすぐ南に向かった。


 地図を頼りにコミュニティがあるという場所を探す。


「ここか……」


 一時間ほど探して見つけたのは、寂れた建物だった。看板に下手な文字で『料理屋シース』と書かれてある。名前も間違いない。


 早速入ろうとしたところ、後ろから呼び止められた。


「その料理屋はやめておいた方が良いぜ」


 振り返ると、ニヤッと笑う男がある。


「今日、彼女はいないから、ただとにかく不味い思いをするだけだぜ?」


「不味い?」


「あぁ、滅茶苦茶不味い。ステル・セルアで一番不味い店と言っても良いだろうな」


「……そんな不味い料理を出す店なのに、どうしてやっていけるんだ?」


 一応質問するが、内心では納得していた。


 いい手とはいえる。不味い店を出すと評判の料理店ならほとんど人は来ないだろう。あまり立ち入られたくない連絡所としては恰好の隠れ蓑と言える。


 男は「何だ、知らずに来たのか?」と呆れた顔になった。


「そこは週に一度だけ、滅茶苦茶綺麗な女の子が来るんだ。その日だけはその子目当てに客が集まるが、それ以外はこんな感じで誰もいない」


「へぇ」


 滅茶苦茶綺麗な女の子というのはシルヴィア・ファーロットのことだろう。



 男の話は恐らく嘘ではないだろうが、ツィアの目的は食事ではない。いや、そこまで不味いと言われると逆に興味も出て来るが、本来の目的はシルヴィアやフンデの面々との接触である。


「ありがとう。参考にはなったけど、一回食べてみるよ」


 礼を言って、扉へと手をかける。


「……何だよ、人が好意で言ってやっているのに」


 男は苦笑しながら、背を向けて去っていった。


 それを視界の端に捉えて、ツィアは中へと入っていった。

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