第7話 ステル・セルアで・2
中は意外と広かった。
テーブルが6つあり、それぞれ6人は座れる。カウンターも設けてあり、合計すれば50人ほどが入れそうな場所だ。
不味い料理を出す、閑散とした店としてはあまりに広い。
それだけシルヴィアのいる日の来客が凄いのだろうか?
現在は当然ながら誰もいない。
奥のカウンターの向こうに愛想の悪い男が1人立っているだけだった。日焼けした浅黒い肌をしている。年齢は40くらいだろうか。
「何の用だ?」
ぶっきらぼうに問いかけられ、ツィアは苦笑した。
「何の用って、ここは食事を食べるところじゃないのか?」
「……今日は焼き魚しかない」
「それじゃ、それでも良いよ」
ツィアはそう言って、カウンターの席に腰かけた。
造り自体は悪くない。かなり新しく作られたもののようだ。
男は無言で奥に行った。どうやらあの男が作るらしい。
(どんな味かは知らないが、あの男が作るよりはシルヴィア姫の方が良いだろうなぁ)
と思っていると、奥から火がゴウゴウと燃える音がする。
そのまま10分、男が戻ってきた。
「げっ……?」
その手に持つものを見て思わずうめき声が出た。
「待った。それが焼き魚なのか?」
焼き魚ではありそうだ。魚を焼いているのだから。
しかし、そこにあるものは既に魚ではないように見えた。真っ黒に焦げたものにしか見えない。
男はツィアの抗議を聞くことなく、皿を置いた。
「……これは確かに」
先ほど、店の外にいた男の助言に従うべきだったか。そう後悔しはじめた。
しかし、実際に口に入れてみないことには分からない。
「……ええい」
ツィアは意を決して、魚を切り分けて口に突っ込む。
「……ぐえっ!? ゲホッ、ゲホッ!」
やはり焦げた味がする。その奥に僅かに魚の肉の味がするが、ほぼ同時にキツイ塩味が来た。焦げと塩しかないような味でとても食えたものではない。
(こいつ、本当にこれが美味いと思って作っているのか?)
ツィアは男の調理師の腕を疑うつもりにはならない。料理人としては問題外というレベルを軽く通り過ぎている。純粋に、他人にとんでもないものを食べさせて苦しませる人格破綻者ではないかと思い始めた。
「どうかしたの?」
と、更に奥の方から涼やかな声がした。
「あんたには関係ない」
男が奥に呼びかける。
「でも、何かすごい声が聞こえたけど?」
奥からパタパタという足音を立てて、姿を現した。
くすんだブロンドの髪に翡翠色の瞳を持つ、びっくりするほど小さな顔をもつ背の高い少女である。
目線が合って、少女が声をあげた。
「えっ!? ソアリス・フェルナータ殿下?」
「ひ、ひざ……」
久しぶりと言おうとしたが、喉がヒリヒリして声にならない。
シルヴィアも大方を察したようで、奥に入ってコップを持ってきた。
「殿下、レモン入りの水です」
ツィアは何も言わず、というより、言えずに水を飲む。爽やかな味が喉を通り、ようやく人心地ついた。
「た、助かった……。この魚は一体……」
ツィアがうんざりとした声を出すと、シルヴィアは苦笑した。
「あまり悪く思わないでね。フンデの焼き魚はこういうものなの」
男とシルヴィアの出身地であるフンデは国土の大半が砂漠で、食べ物を保存する能力が極めて低い。
そのため、魚などは腐らないように多くの塩をかける。フンデは気温も高いために塩分の消耗も大きく、その補充の意味合いもあるのだという。
更に念のために強火で焼くため、半分くらいは焦げるらしい。
「ここは一応フンデの人が集まるところだから、フンデ風の料理を出しているわけ」
「……なるほど。人を遠ざけたいからじゃないのか」
「アハハ、ま、それも多少はあるかもね」
シルヴィアは快活に笑う。
「でも、殿下はどうしてステル・セルアまで? ガイツリーンに攻め込んだ総司令官をしていたと聞いたんだけど?」
「まあね……、ただ、君も知っているかもしれないけど、セシルがさ……」
ツィアは魔術学院卒業以降の経緯を簡単に説明した。
「ということで、薬を探すくらいしかできないから、そうしているわけ」
シルヴィアは優しい笑みを浮かべた。
「羨ましいわね……。そんな風にしてもらえて。私の夫も、私を助けてくれたけど、火砕流に巻き込まれて死んでしまったわ。そんなこと望んでいなかったのに……」
一転して、寂しげな笑みを浮かべる。
店でどのような表情を見せているかは分からないが、相変わらずこうした仕草には気品があり、美しい。
どれだけ不味い料理が出るとしても、彼女が店に立つ日に賑わう理由がよく分かった。
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