第8話 ステル・セルアで・3

 シルヴィア達は、ここステレアでフンデから逃げてくる者達の受け入れを主として行っているらしい。


「正直に言うと、ステル・セルアの人達にとってあまり迎え入れたくない人達だと思うのよ。教育がなく、有意義に使える人はほとんどいない。お金も持っていない。食事もあんなだしね」


「食事については仕方ないんじゃないかな?」


 他の面もフンデという国が南の砂漠地帯にあることを考えれば仕方ないとも言える。


 農業や工業といったものはそもそも成り立たず、その日暮らしの狩猟などがメインとなれば知識もいらないから教育もいい加減だ。


 つまり、都市生活が向いている人間達ではなく、大陸最大都市のステル・セルアとはそもそも合わない。



 とはいえ、フンデで暮らすのは決して楽ではない。


 せめて安穏と生活したいとなれば、ステル・セルアに来るのは仕方ないとも言える。


「で、そんな私達の境遇に、狡猾な彼が目をつけてきたというわけ」


「メミルス・クロアラントか」


「えぇ。フンデ人はあまり重宝されないけれど、逆に重宝されないから、一つのネットワークとしてまとめやすい。で、いかに重宝されていないとはいえそれなりの数が生活している以上、情報は入ってくるというわけ」


 シルヴィアは「何より」と笑う。


「フンデ人は邪魔者扱いだから、お金を貰えるだけでも大喜び。出費も少なくて済むしね」


 これが他の部族となると、金も必要だし、政治的なしがらみで漏れる可能性もある。



 一通りシルヴィアの役割が分かったところで、ツィアはステル・セルアの状況を尋ねる。


「国王の状態はどうなんだろう?」


「重病という状態のまま続いているみたい。さすがに宮殿に出入りできるフンデ人はいないから、詳細な情報は分からないわ。殿下が正体を明かして掛け合う方が早いんじゃない?」


「いやいや、ビアニーはガイツリーンでステレアとやりあっているから」


 ステレア女王のリルシアはベルティ国王カルロアの姪である。


 当然、ビアニーもベルティにとってはほぼ敵である。そこの司令官がホイホイと宮殿にやってきたとなれば、飛んで火にいる夏の虫。処刑されても文句が言えない。


「君なら出入りできるんじゃないか?」


 シルヴィアほどの美姫ならば国王周囲の重鎮も夢中になるだろう。


「できるかもしれないけど、ね。でも、私はフンデの人達に恩返しをしたいのよ」


 アプフィ山の噴火で、シルヴィアが住んでいた集落は壊滅した。そこから東に一か月以上流浪したらしい。


「……私は主人ではあったけど、一番役立たずでもあったからね。そんな私をステル・セルアまで多くの人が送り届けてくれたから、私もここに来るフンデの人達を見捨てたくないのよ」


「……いいんじゃないかな?」


 ツィアがそう言い、シルヴィアも笑う。


 と、店主の男が、酒を持ってきた。ツィアにとって料理の腕前は最悪だが、気は利くらしい。


 もっとも。


(これはこれで問題だな)


 ツィアには許婚のセシル・イリード・ヒーエアがいる。


 この場でシルヴィアといい雰囲気になることも問題がある。


(ま、ある程度までは仕方ないか)


 とはいえ、ここまで来ていきなり冷淡にすることもまた問題だ。



 幸か不幸か、シルヴィアも雰囲気に乗じるつもりはないらしい。


「ステル・セルアでサイファ一派が動かしうる軍の状況はこちらね。これをメミルスに渡してもらえるかしら」


「了解した」


 封の入った手紙を受取り、懐に入れる。


「国王亡き後、サイファはステル・セルアを掌握できるかな?」


「無理でしょう」


 シルヴィアは即答で断言した。たいした自信だと思ったが、根拠は明白だった。


「少なくともフンデ人は従わないわ」


「なるほど。君達はルーリーに従うと」


「……ルーリー殿下に従うとも言えないけどね。もちろん、アネットからの資金援助を捨てるつもりはないけれど、根本的にルーリー殿下がステル・セルアまで攻め込んでくる可能性がないと思う。逆は大いにありうるけど」


 人口100万人を超えるステル・セルアに対して、アネットは20万人もいない。

確かにルーリーが仕掛けるのは無理がある。


「それに、当事者が多い分、状況は複雑化していると思うのよ」



 これもまた頷ける話であった。


 6人いる後継者それぞれの最終目標は自分が国王になることである。


 となると、自分にとってもっとも都合の良い展開を望むことになるはずだ。


 例えば、スタート時点ではステル・セルアを抱えるサイファが圧倒的に有利であるから、サイファ以外の勢力が結集して対抗することになる。


 しかし、仮に誰かがサイファに勝った場合、今度はその人物が本命になる。その人物が勝たれるのは他の当事者にとって都合が悪いから、結集が分裂し、また別の勢力同士が結びついて対立が続くことになる。


「総じて長期化は必至よね」


「そうなると、ビアニーにとっては有難いんだけどね」


「あぁ、確かに……」


 ビアニー軍は今、総司令官のソアリスが離れていて、ここベルティにいる。


 婚約者の薬が見つかって戻るまでは、大きな動きはできないだろう。その間ベルティがずっと内戦状態であるのなら、ビアニーにとってこれほど有難いことはない。



 シルヴィアもツィアの言わんとするところを理解したようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る