第9話 オルセナ経由の持つ意味

 シルヴィアから手紙を受け取ったツィアは、しばらくステル・セルアを回った後、アネットへと戻ることにした。


 行きと同じく五日でアネットへと戻り、メミルス・クロアラントを訪ねた。


 執務室でシルヴィアからの手紙を提出する。


「何が書いてあるんだ?」


 開封して中身を確認しているメミルスにツィアが問いかける。メミルスは楽しそうに笑った。


「いざという時、アネットに協力してくれそうな面々を書き連ねてもらってあります」


 協力してくれそう、という表現を使っているが要は買収できそうな連中ということだろう。


 とはいえ、国王に従うということと、その末子サイファに従うということはまた別である。


 能力的な裏付けでは、難治の街アネットをきちんと治めているルーリーの評価が高いはずで、金次第で鞍替えしたいという気持ちは分からないでもない。



 ただし、ツィアにとっては短期的にはともかく、中長期的には誰が勝ってもどうでも良いことだ。


「次は何をすれば良い?」


 幸いにして、許婚であるセシルの薬には収穫があった。特効薬ではないが、しばらくの間小康状態を続けるはずである。


 ベルティにしばらくいても良いが、できればより良い薬があるかもしれない地域に行きたい。


 ステル・セルアを除けば、二か所しかない。西海岸のハルメリカか、その西にあるスイール群島の中心地エルリザだ。


 メミルスはツィアをチラッと見て、机の上にある資料に目を通した。


「ハルメリカに行ってもらいたいのです」


「ハルメリカに!?」


 自分が希望していたところを言い出されて、ツィアは逆に驚いた。


 自分の考えが見透かされているのかは分からないが、あまり気分の良い話ではない。


 メミルスはツィアの表情の変化には気づかない。淡々とした様子で理由を述べた。


「たいした理由ではありません。現在、この大陸で一番金を持っているのはハルメリカです。距離は多少遠いですが、金持ちを味方につけておいて、悪いことはありません」


「それは、まあ、そうだな……」


 ハルメリカの領主ネミリー・ルーティスが大陸一の大富豪であることに異論を唱える者はいない。もちろん、それは父親の遺産を多く相続したからでもあるが、本人がその財産を無駄遣いしないやり手だということも広く知られている。


「しかし、ハルメリカと味方になっても、間にはオルセナがあるぞ?」


 仮に金を送るとしても、オルセナ領を通らなければならない。


 そして、レルーヴ東部からオルセナ全域は盗賊が跋扈し、大陸でももっとも治安の悪い地域として知られている。



 つまり、仮に同盟を結んだり、資金供与を受けたとしても、アネットまで届く前に盗賊に没収されるのではないか。


「もちろん、直接に運んでくるのは無理ですよ。しかし、ハルメリカと約束できたのなら、どうにでもなります」


 メミルスは自信満々に言う。


「なるほどな」


 それもそうかもしれない、と思った。


 ネミリー・ルーティスが資金供与を確約した手紙があれば、皆はこう思うだろう。「アネットハルメリカから融資を受けるから資金では困らない。自分が貸与しても利子をつけて返してくれるはずだ」と。


 結局、どんな形であれ、資金を集めたものが戦争では圧倒的に優位である。


「……分かった」


 ツィアとしては利害の一致する話になった。


 彼自身にとっては、ハルメリカで薬があるかどうか探すことが出来る。


 一方、メミルスにとってはハルメリカ領主とのとっかかりを得る機会が出来る。



 それでも問題がある。


「とはいえ、俺1人でオルセナ領内を通過するのはさすがに抵抗があるな」


 オルセナは盗賊が多すぎて治安が悪いという。1人で通過するのは危険過ぎる。


 もっとも、メミルスは別の意味に受け取ったらしい。


「確かに、殿下がオルセナを通行したら血の雨が降るかもしれませんな」


 ビアニー王子である彼が、遺恨のあるオルセナを通ること自体が危険だと思ったらしい。


 ツィアは苦笑した。


「いくら俺でも、そこまで何くれ構わず斬りまくったりはしないが?」


「ですが、王族や貴族がいれば別ではないですか?」


「それはそうだが、オルセナの王族や貴族が少人数で外を出回ることもないだろう?」


 ツィアが回答すると、メミルスは資料を口元にあてて「フフフ」と笑う。


「それがそうでもないようなんですよ。オルセナはここ二、三年、奴隷を探すために後継者ブレイアンが最前線に立っているようでして」


「何? ブレイアンが?」


 オルセナ大嫌いのビアニー王子であるから、当然、オルセナ王家のこともよく知っている。



 現在のオルセナは国王ローレンス8世が病気に倒れており、政務を任されているのは王子ブレイアンであるという。このブレイアンは中々有能な人物ではあるらしいが、強引な人物でもあるらしい。周囲の批判に耳を貸さず、各地から奴隷を浚ってきて他国に売っているという。


「ま、オルセナの奴隷の買い手としては、ここベルティがもっとも最大手ですので、彼のことをあまり悪く言えないのですが」


 メミルスが口の端を歪める。


 これから数年にもわたる内戦をやるだろうベルティである。奴隷が大量に必要なのは間違いない。


「特にステル・セルアには大量に売られるでしょうからね」


「それも止めたいわけか……」


 ツィアはメミルスの目論見を理解した。


 オルセナからベルティの各勢力への奴隷供給を止めたい。


「止められるなら、ですけどね。殿下に無理を強いるつもりはありませんよ」


「そこまで話しておいて、よく言うよ」


 ツィアは再度苦笑いした。

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