第10話 フンデの兄妹
ツィアはその日のうちに、再びアネットを発った。
メミルスの気が変わって、「やはり別の王子を調査してもらえますか?」などと言い出されてはたまらない。すぐにステル・セルアに行って、同行者を募ることにした。
同行者云々もメミルスが言い出したことだ。
ツィアがオルセナを歩くのは危険、ということを受けて「ステル・セルアのシルヴィア姫に聞いてもらえれば、誰かしら供となる者を紹介してもらえるでしょう」と言われたのである。
馬を駆ること再び五日、ステル・セルアに着いたツィアはすぐにシルヴィアのいる店を訪ねた。
「……また魚が食いたいのか?」
今回もシルヴィアは見える場所にはいない。いるのはとてつもなくまずい焼き魚を作った男……シース・アルカディスという男である。愛想の悪い険しい顔をしていて、浅黒いせいで40くらいに見えるがシルヴィアの言うところによると26歳らしい。
「そうじゃないよ。ハルメリカに行くので、同行者を募りたい。もちろん、金は出す」
メミルスからは金のことは何も言われていない。
ただ、なるべくならシルヴィアにもメミルスにも借りを作りたくないという思いがある。
「ちょっと待っていろ」
男は奥へと入った。シルヴィアを呼びに行ったらしい。
20分ほどして、シルヴィアが出て来た。話を聞いていたらしく開口一番。
「ハルメリカに行くんですって?」
と聞いてくる。
「そうだ。アネットとハルメリカとの間に協力関係を募りたいらしい」
「……殿下を疑うつもりはないけど、実現するのかしら?」
シルヴィアは懐疑的な反応を見せる。
確かに、ハルメリカがレルーヴの一王子とのみ協定を結ぶことは考えにくい。
「とはいえ、正面から否定することもないだろう。わざわざ敵を作る必要はハルメリカにはないからな」
レルーヴとベルティとの関係は、特に何もない。
友好的とは言い難いが、表だって敵対する理由もないし、無関係という認識だ。
だから、仮にアネットの代表として「協力しましょう」と言ったとして、正面から断る理由はない。もちろん、「アネットとだけ協力してください」というのではダメだが、「他もいいですけど、とりあえずウチと協力してください」ならOKを出すはずだ。
残りの5勢力はどうするか。「ウチもお願いします」とついてくるのか、「アネットと結んだ連中とは結ばん!」となるのか、それは分からない。
どちらになっても、アネットがハルメリカと結ぶことに損はない。
「なるほどね……」
「ただし、俺がハルメリカまで行くとなると、オルセナを通過するという危険を背負い込む必要がある。そのための同行者はフンデのコミュニティの中にいないかな?」
シルヴィアは少しだけ考えて、すぐに答える。
「何人くらい?」
「あまり人数が多いと面倒かな」
「多少変わった兄妹がいるわ」
「多少変わった?」
シルヴィアが訂正する。
「本人達というより、取り巻く環境が、ね。フンデ中部に住んでいる部族なんだけど、男女共に四人まで配偶者を持てる決まりになっているらしいの」
「……はぁ?」
思わず素っ頓狂な声をあげた。
「男も女も四人ずつ?」
片方については聞いたことがある。男1人に対して妻が複数というのはあちこちにあるし、ごくごく少数だが、女1人に夫が複数というのもあるという。しかし、その両方が入り混じったのは聞いたことがない。
「そうなると、子供の父親が誰なのか分からなくならないか?」
「全員の子供ということにするのよ。砂漠の真ん中で、頻繁に砂嵐が来たりするみたいだから、全員で守るような発想ね。そこの貴族……というにはおぼつかない一族の兄妹がいるわ。護衛としては十分の力を持っているわね。ただ、まあ、変な部族だから」
「いや、まあ、そういう面々が大量にやってくるなら俺もやりにくいかもしれないが、兄妹2人しかいないならそんな問題はないだろう? あ、兄妹と言っても、父も母も違うかもしれないのか」
それを兄妹と言うのか? そうした兄妹であればこれまた婚姻関係が成立するのではないか。考えれば考えるほどややこしい部族だ。
「そこまでは分からないわ。とにかく了承ということね」
シルヴィアは「2時間ほど待ってちょうだい」と言って、フードをかぶって外に出て行った。そのままだと目立つから嫌ということなのだろう。
2時間後、シルヴィアが連れてきた2人は兄妹というにはとても怪しい男女だった。
(これは凄いな……)
兄と名乗った男エマーレイ・フラーナスは2メートル近い身長があり、筋骨隆々だ。剣を合わせた際に馬力の差だけで押されそうである。
一方の妹シルフィ・フラーナスは身長が辛うじて150センチあるかないかくらいの状況の小柄な少女だ。エマーレイ1人にシルフィが4人くらいはまりそうなほどの差がある。
もっとも、シルフィは小柄だが身体能力は中々高いようで、片手を地面について逆さで回転する芸当を披露する。
いずれも自分の身は自分で守れそうな存在だ。
「どう?」
しばらく様子を見ていたツィアに、シルヴィアが問いかける。
「……俺としては文句ないけど、こっちはいいのか?」
「大丈夫じゃない? 別に私達は戦いをするわけではないのだし」
確かに、コミュニティとして情報を集めて、それをメミルスに提供するだけが役目だ。
実際にどこかの軍に所属して戦うわけではない。
「それにビアニーの王子に貸しを作れるなら悪くないでしょ」
「……分かった。それじゃ、有難く連れていくよ」
ツィアは2人に自己紹介をする。
「俺はツィア・フェレナーデ。これからハルメリカに行くまでの付き添いをお願いしたい」
「おうとも」、「任せておいて!」
兄妹はそれぞれ、威勢よく答えた。
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