第3話 セシリームへの途上で

 次の日、3人はステル・セルアを出発して馬車でオルセナ国境を目指すことになった。


 馬車での移動はツィアとフラーナス兄妹が向かい合う形になる。これまでもそうだったので、今回もそうだ。


 馬車の中で特に会話を交わすこともない。せいぜいが目的地の情報などの摺り寄せであるが。


「……?」


 今回、エマーレイが何か言葉を口にした。


 エマーレイ・フラーナスはこれまで全くと言っていいほど言葉を発しなかった。失語症ではないかと思ったほどであったが、シルフィが言うにはフンデの、しかも地元の言葉以外全く話せないらしい。国としては同胞にあたるシルヴィアとも会話が成立たないらしく、シルフィ以外に話すことはないのだと言う。


「ビアニーとオルセナはそんなに仲が悪いのか、って聞いているけど?」


「……」


 ツィアは仏頂面を向けた。


「セシリームに入って、オルセナの人間に聞いてみるといいさ。ビアニー人についてどう思うって」


「……セシリームを偵察しに行った時に、ほとんどの料亭に『ビアニー人の串刺し焼き』って料理があった。馬の串焼きみたいだったけど」


 ビアニーは高原地帯で馬や羊が多い。オルセナは平原で農地と森林が多いから、馬や羊がほとんどいない。必然、高地の牧畜動物はビアニーと連想づけられるのだろう。


「多分、グリンジーネにはオルセナ人料理はないな」


「……だから、まだマシなの?」


「料理はともかく、軍はマシだと思うぞ。俺はオルセナ出身者のシェーン・トルトレーロを引き立てた。平民出身でロクな目に遭っていなかったということもあるが、有能だと思ったからな。兄上を含めて、みんなからは目茶苦茶に叩かれたよ。シェーンが実際に有能だったからそれ以上の騒ぎにならなかったが、何か失敗していたら軽微な失敗でも軍法違反沙汰になったかもしれない」


「……あたしには理解できないな」


「理解してもらわなくていいよ。シルヴィアも含めて他所の人間から見たら、間違っているのは俺達の方だということはよく理解している」


 ツィアは涼し気な冷笑を浮かべる。



「……いきなり見ず知らずの女子を殺すなど問題外だし、仮にそれがエディス姫となると世界中の憎悪を受けることになるかもしれない。そんなことは分かっている」


「……馬鹿だけどいい人だと思うけどなぁ」


「本人の善悪は関係ない。周りが担ぎ上げたら、あれだけ能力がある姫だから、ビアニーを地上から抹殺することだって可能だろう。その可能性を認識しつつ見逃してビアニーがアクルクアから消えた場合、俺は先祖全員に恨まれて無能扱いされることになる。兄も母ももちろん、セシルからも唾棄されるだろうな」


「つまり、セシルさんみたいな人がオルセナ王女だったら生きていても関係ないわけね」


「……俺も別に殺人鬼でありたいわけではない。ビアニーに対する無害が保証されるなら、見逃すかもしれない」


「……ふーん」


 シルフィは納得したフリをして、エマーレイに話をする。



「つまり本人が絶対にビアニーに敵対しない態度を明言すれば良いってことなんだろうな」


 エマーレイの言葉はシルフィの頷くところでもある。


 ただ、それが意外に難しいように見える。


 ハルメリカでエディスの身内であるセシエル・ティシェッティと話した時に、彼女はビアニーに好感を抱いていないという話をしていた。ビアニーの司祭として活動しているガフィン・クルティードレという人物のやりかたが気に入らず、嫌っているのだという。


 魔術学院の同級生であるジオリスはともかく、国としてのビアニーは好きではない。もちろん、それは彼女の血筋というよりは好き嫌いの問題だが、エディスがビアニーに好意を持っていないことはツィアの危惧を裏付けることになりうる。


「正直、エディス姉ちゃんがビアニーを好きになるとしたら、ツィアさんがビアニーの王子だと知ることだと思うのよ。そうでないと、ビアニーはうまくいかないし、それで変な動きをしてビアニー自体が嫌われるっていう悪循環になるわけ」


「処置なしだな」


 エマーレイはそう言って口を真一文字に結んだ。



 2人で話をしている間、ツィアは横になっている。


「……今回はセシリームに入って、色々情報を集めたい。前回は行けなかった地方もあるし、何ならトレディアでも聞いてみたいと思う」


「うん、色々なところで聞くのがいいと思う」


 王宮以外であればそれほど情報はないだろう。あちこちで聞くのは悪くないことと思えた。


 少し休むと言って、ツィアは目を閉じる。寝るのだろうと思ったところで、目を閉じたまま口を開いた。


「あとシルフィちゃん」


「何?」


「俺の聞こえるところで相談しない方がいい。さっきの話は君達の推測だろうし、裏付けがないから聞かなかったことにするけど」


「げげっ!?」


 シルフィは思わず声をあげた。


 シルヴィアですら知らないフンデの地方言語のことが、彼には分かっていたらしい。


 ということは、本人はああいっているが、心証を更に強めてしまったということだ。


「……仮に心証を固めたとしてもそれは俺だけの話で、その段階で君達とはお別れだ。罪は俺だけのもので君達のものではない」


 ツィアはそう言ってしばらくすると寝息を立て始めた。



 これはもうどうしようもなさそうだ。


 シルフィは匙を投げた。

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