第2話 シルフィ、運命の岐路

 シルフィ・フラーナスは前回の任務を終えた後、ステル・セルアの街中でのんびり羽を休めていた。目がくらむような高額の報酬ではなかったが、半年ほどは余裕ある生活ができるだけの報酬を貰った。


 上客を掴めてラッキーだった。それが正直な感想だ。


 貰ったお金を兄と折半して、しばらくは楽しく過ごしていた。


 

 そこにシルヴィアからの再度の仕事の依頼である。


「ツィア・フェレナーデがもう一度頼みたいって言っているけど、どうする?」


 と言われれば、シルフィに断る理由などない。


 すぐに応じて、いつもの食堂へと向かった。



 上機嫌のシルフィであったが、着いてすぐにシルヴィアが面白くない顔をしていることに気づいた。


「詳しい話については本人から聞いてちょうだい」


 投げやりな態度である。


 前回、ツィア・フェレナーデが実はビアニーの王子でこういうことをしようとしている、とくどいくらい説明をしてきたこととは大違いだ。


 何かあるのかもしれない、シルフィはそう感じてツィアと話をしたが、シルヴィアが乗り気でなかった理由はすぐに明らかになる。


「この前、君達の助けもあってオルセナ王子ブレイアンを始末することができた。その節は本当に感謝している」


「……ツィアさんにとって良かったのなら、私も兄ちゃんもうれしいよ。今回は?」


「……ひょっとしたら、ブレイアンに妹がいるかもしれない、という話がある。これを明らかにするために協力してほしい」



 シルフィは内心で「げげっ」と叫んだが、次の言葉に更に叫びそうになった。


「具体的には、あの天才エディス・ミアーノがオルセナ王女の可能性がある」


「え、エディスお姉ちゃん? あの3大陸一の美少女の人?」


「あぁ。断片的な情報で、断定には程遠いのだが、生まれた直後に亡くなったとされたオルセナ王女が生きているかもしれないという話があって、ほぼ同じ時期にエディス・ミアーノが生まれている。生後すぐの子供のやりとりを貴族同士がすることは頻繁ではないが全くないわけでもない」


「そ、そうなんだ……」


 シルフィは背筋に冷たいものを感じた。ツィアの表情に潜む薄暗い炎のようなものが見える。


 誰かを照らすのではなく、怨念に満ちた焦がすための、不幸にするだけの炎。


 しかし、ツィアの炎は本人の明晰さそのままに事実を照らし出そうとしている。


「……万が一ではあるが、エディス・ミアーノがオルセナ王女だとビアニーにとっては禍根になる。もちろん、殺す段階まで君達に付き合ってもらうつもりはないが、そのための調査を手伝ってもらいたい」


(ひぇぇぇ、暗殺する気なんだ)


 シルフィは内心で叫び声をあげた。この状況で、表情はともかく声に出さない自分を褒めたいとも思った。



 とりあえず、疑われない程度に否定的な話を向けることにした。


「……王女なのかどうかは分からないけど、あのお姉ちゃんはあんまり頭が良くないよ? 色々抜けているし、放っておいても良いんじゃないかなぁ?」


「色々抜けているのは間違いない」


 ツィアの言葉にシルフィは鼻白む。


「馬鹿でたいしたことないのに暗殺するの?」


「本人は馬鹿かもしれないが、天才だ。しかも彼女の周囲にはハルメリカ市長やセシエル・ティシェッティのような優秀な人物がいて、全面的に補佐をする可能性がある。天才的な才能をもつ人物の周囲に、弱点を埋められる人材がいるということは脅威極まりない」


「あー、そうなるんだ……」


 シルフィもある程度理解した。


 ネミリーとセシエルは確かに冷静で賢明な人物という印象がある。


 エディスが自分のやりたい方面であの途方もない魔力を使いこなし、できない部分でネミリーやセシエルが活躍することになったら、恐怖のトライアングルとなる可能性は高い。


「……あの人は馬鹿だけど馬鹿だと理解しているから優秀な人には全面的に任せるよね。オルセナ宰相がハルメリカ市長の人になっちゃうと厄介よね」


「オルセナには宰相という役職はない。門閥貴族が権限を握っている」


「あ、そうなんだ」


「とはいえ、門閥貴族も権益にこだわるだけで優秀ではない。その点ではネミリー・ルーティスやセシエルの方が上だろうから、うまいことやってのける可能性がある」


「そうなる前に殺したいと?」


「……彼女がオルセナ王家の者なら、ね。反対かい?」


「……」


 シルフィは一瞬返答に窮した。



 付き合いは短いが、シルフィはエディスが嫌いなわけではない。色々残念なところもあるが、あれだけ恵まれた容姿なり才能があるにもかかわらず、ひけらかすことなく真っすぐ生きているところには好感も抱いている。


 何より、シルフィ自身が「エディスはオルセナ王女かもしれない」という確信をもっている。以前、セシリームに潜入した時にローレンスの王妃の肖像画を見て「エディスにそっくり」と思ったからだ。


 どうすべきなのか。シルフィは瞬間的に色々な考えを巡らせる。


「……ツィアさんの事情は分からないけど、あたしと兄ちゃんはシルヴィアさんの紹介で働くから、反対はしないよ」


 シルフィはそう答えた。


 ただ、肖像画の話をするつもりはなかったし、潜入して情報を得た時には可能な限り誤魔化そう、とも思った。


 別に理由はない。


 シルフィはツィアに好感を抱いているし、それはエディスに対してもそうだ。


 大人びているとはいえ、もうすぐ15歳とシルフィはまだまだ若い。自分の好きな人物同士が殺し合いをする事態を「利益になるなら」と見逃せるほど擦れてはいなかった。

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