1・ツィア、再びオルセナの調査へ

第1話 同い年の候補者

 ベルティ王国王都ステル・セルアは平穏な日々を迎えている。


 ベルティという国の中においては物騒なことこの上ない。


 前国王カルロア4世が崩御し、6人の王子がそれぞれ王位継承権を主張し、完全に内戦に入っている。


 しかし、当事者が6人と多いだけにいきなり動くと損を見る可能性が高い。そのため、それぞれの当事者が水面下で動いてはいるものの、軍の動員や戦闘行為の発生という事態にはつながっていない。



 そのため、ツィア・フェレナーデも簡単にステル・セルアに入り、フンデ・コミュニティの店を訪れていた。


 特に目的があるわけではない。


 アネットにいる第4王子ルーリーとその腹心のメミルス・クロアラントは付き合うだけで精神的に疲れる。それよりはシルヴィア・ファーロットの方がマシだろうという考えだ。


「……久しぶりね、殿下」


「何か動きはあるか?」


 状況を尋ねると、シルヴィアは肩をすくめた。


「特にないわ。このまま10年くらい睨み合いが続くんじゃないかとすら思えてくるくらい、どこもやる気がないみたい」


「どの陣営も決定打がなさそうだな」


 ツィアの言葉にシルヴィアも「そうね」と頷きはするが。


「そんな世間話をしに、ここまで来たの?」


 けげんな顔をして尋ねてきた。



「……メミルスが言うには、オルセナ王女が生きているかもしれないという噂があるらしい」


「……初耳ね」


 シルヴィアは目を見張った。その表情に嘘はなく、本当に知らないのだろう。


「この前、オルセナ王子ブレイアンを死なせて満足していたが、本当だとすると俺はぬか喜びをしていた間抜け極まりない存在となってしまう」


「別にそうは思わないけどね……」


 と言いながら、シルヴィアは奥の部屋に戻っていった。


 しばらくすると、一冊の本を持って戻ってくる。当然、ツィアもその本が何なのか気になった。


「……その本は?」


「大陸の主要貴族の生年月日などが記されたものよ」


「そんなものがあるのか!?」


 ツィアは心底から驚いた。そんな本の存在は、ビアニーでは聞いたことがないからだ。


「殿下は13か4で許婚が決まっていたから、見ることもなかっただけでしょ? 貴族が子供の相手の目ぼしを立てるうえではこういうのが結構役に立つのよ」


 そう言いながら、シルヴィアはページをめくっていく。


「オルセナ王女って、確か生まれた直後に死んだのよね?」


「そうだ。確か734年の1月か2月だな」


「よく知っているわねぇ」


 シルヴィアは半ば呆れたように言う。


「この時期にオルセナの王女が生まれてすぐ死んだという事件は結構聞かされた。今にして思えば、オルセナ側の謀略だったのかもしれないな」


「なるほどねぇ」


 話半分といった様子で、シルヴィアはページをめくっていく。


「本当だ。オルセナ王女の名前が一応書いてあるわね。他は……、おっと、エディス・ミアーノも同じ時期に生まれていたのね」


 シルヴィアの何気ない言葉に、ツィアは険しい顔で反応する。


「本当か?」


「そんな怖い顔をしなくてもいいでしょ。親が嘘をついている可能性はあるけど、少なくとも記載自体に嘘はないわ」


「エディス・ミアーノが……」


 ツィアが考えたのは、彼女がオルセナ王女だと危険だ、ということだった。


 どういう理由かは分からないが、彼女はとてつもない魔力を有しているし、また”3大陸一の美少女”の評判にふさわしい美姫でもある。


 彼女がオルセナ王女だとすれば、盲信するものも多そうだ。


 沈没寸前のオルセナ王国が、再起する可能性があるかもしれない。


「ちょっと、そんな怖い顔をしないでよ。メミルスが噂していた、誕生日が近いというだけで殺すなんて言うんじゃないでしょうね?」


「本物ならば……」


「うわぁ、呆れた……」


 シルヴィアが両手を広げて大袈裟に驚いた素振りをする。


「私は殿下を良い人だと思っていたけれど、そんなことを本気で考えているなら幻滅するわ」


 顔をしかめたシルヴィアに、ツィアも仏頂面を向ける。


「どうとでも思ってくれ。ビアニーに生まれた者にとっては一大事なんだ。それに、さっきも言ったけど、この話だけで殺すなんてしないよ。オルセナに行って、もうちょっと裏を取る」


「裏を取って、本物だったら殺すわけ?」


「……本物だったら、な」


「呆れてものも言えないわ。まあ、好きにしてちょうだい」


「好きにするさ。君から預かったあの2人はどうする?」


 あの2人というのは、シルフィとエマーレイのフラーナス兄妹のことである。



 ツィアは2人を重宝しているが、シルヴィアがこの調子であれば「そんな身勝手な計画にフンデの人間を使わないでちょうだい」と断ってくるかもしれない。


 もちろん、それならそれで仕方がない。全員が賛同してくれるわけではないこと、いや、むしろ反対するものの方が多いだろうことはツィア自身がよく分かっている。


 シルヴィアは不機嫌極まりない顔をして考えていたが。


「……こんな目的で動くとは思わなかったけど、殿下の行動を助けるという契約だったものね。私から、契約違反を言うことはできないわ。好きにしてちょうだい」


 諦めたような、呆れたような顔でシルヴィアは言った。

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