第2話 ベルティへの道筋
街道を南に走ること5日、馬車はフリューリンクに到着した。
「ほ~」
思わずソアリス……現在ツィア・フェレナーデの偽名を使っている……は声をあげた。
難攻不落の要塞と聞いていたが、確かに凄い。
城壁の高さは今まで見たものの倍を超えるし、区画の広さも桁違いだ。川が東西に横切っており、その地形を最大限に生かしたものとなっているが、よくもこれだけの要塞を作り上げたものだ。
中はどんなものだろうか。
ツィアは入城しようとしたが、ここで誤算に遭遇する。
「……ステレアが発行した身元保証書か紹介状か……」
城にかかる橋の前に告知されている。しっかりした身元保証書か、しかるべき人物の紹介がない紹介状がなければ入城できず、湖に沿って船で南に行けということらしい。三日に一回、城外でも市場を開くという念の入れようだ。
いずれ、対ビアニーで戦端を開くことは確実である。
だから、なるべく怪しい者を入れないように、ということだろう。
「それなら仕方ないか」
ツィアの目的はフリューリンク城に入ることではない。ステル・セルアに行くことである。城に入らずとも南には行けるのだから、入る必要はない。
似たような境遇の者は多くいるようで、フリューリンクの城を通り過ぎる船は満員だ。
もちろん、実際にビアニーが攻め込んできたらこの船も封鎖することになるだろう。
(これだけ広いと中でも最低限の生産はできるだろうし……攻城戦に持ち込むとしても年単位でかかるかもしれないな)
ここまでやるからには女王リルシアは既にビアニーと対決する決意を固めているだろう。となると、今から籠城に備えて準備をしているに違いない。
それを打破するのはとてつもない困難が予想される。
(まあ、しばらく時間がある。じっくり考えるとしよう)
高くそびえる城壁の記憶を頭に植え付け、ツィアはフリューリンクを後にし、南に向かうことにした。
もう少し見たいという思いはある。城壁の造り、中の様子など。
しかし、それは中々難しいだろう。
余程の失態をやらかさない限りは1年以内にビアニー軍はここフリューリンクを包囲するはずである。その後で知れば良い。
そう考えて、ツィアはフリューリンクを後にすることにした。
フリューリンク南部に来ると、一転して生活様式が変わる。
北部は木材が多く使われている建物が多いが、南部は一変して強化された粘土の建物が増える。ベルティの造りもそういうものらしい。
馬車のスピードも速い、と思った。
これは馬車の外から地形を見ればすぐにわかる。緩やかな緩斜面の下りである。馬も気分よく走れるのであろう。
しかも、それがかなり長いこと続いている。
ガイツリーンを含めた北部地域、そこにはもちろんビアニーも含まれる、その地が南部に比べると高地にあるのだということを改めて思い知らされるのであった。
馬車に乗ること3日、早くもベルティ国内に入った。
「このあたりはパルナスの領地か」
ベルティ王国を統治しているのは現時点では近年最大の英主と呼ばれるカルロア4世である。
しかし、政略という点で見た場合、ツィアも含めて他国の者はそうは見ていない。彼の6人の息子のうち誰の支配地か、という観点で見ている。
他民族国家であるベルティをまとめるために、カルロア4世は各民族から妻を迎えて、その息子に領地を支配させてきた。
それはカルロアが生きている間にはとても有効である。しかし、ひとたびこの英傑が死んでしまえば内戦の素だ。
だから、ベルティ王国を訪れる他国の者は、一つの国家としてではなく、どの王子が統治している領土という観点で眺めるようになっている。いずれ王が死ねば、それぞれを拠点に6人が争うことは目に見えているからだ。
北部は長男のパルナスの統治する領地である。長男でありながら、首都ステル・セルアからもっとも遠い北部を統治しているということは、母親の出身がここであることを示すとともに来る時にはもっとも不利であることを意味する。
(母親の出身が違うというのは大変だよなぁ)
母親が違うからといって兄弟が不仲とは限らない。そうした事例はツィアも知っている。
しかし、母親が勢力の利害代表者である場合、その息子達は確実に不仲になる。他人よりも不仲になると言っても良い。
それが6人もいるのだから、ベルティの先行きは真っ暗と言っても良い。
彼の故郷ビアニーはそれを望んでいる。
しかし、ツィアはさしあたり当面は平和であってほしいと望んでいる。
彼は工作目的で来たのではなく、許婚の薬を求めてここに来たのであるから。
乗合馬車はステレア国境からステル・セルアまで走っている。しかし、国王カルロアが死んだならばその保証はない。
2年ほど前から健康不安が指摘される国王である。
なるべくなら、その日が来る前にステル・セルアまでたどりつきたい。
ソアリスはそう願っていた。
しかし、願い通りにならないのが現実である。
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