第3話 アネットの情報局長
ベルティ国内まで入ったツィアは数日かけて中部の街アネットまでやってきた。
ベルティ中央にあるアネットは、多くの民族が混在する難治の土地として知られていた。人口は20万弱とそう大きい街ではないが、難易度の高さはベルティ一といっていいだろう。
しかし、この街は目下ベルティでももっとも安定した街の一つとなっている。
その要因がベルティ国王カルロアの四男ルーリーの存在だ。
アネットの市長を務めているこの二十歳の青年王子が、他民族の街を見事なまでにきちんと治めており、国内外から高い評価を受けていることは多くの者に知られているところである。
ツィアもルーリーのことをよく知っている。
アネット領主としての評判だけではない。四年ほど前にルーリーがビアニーを表敬訪問したことがあり、その際に同じ国王の四男同士ということで仲良くなったからだ。
ただ、当時の仲の良さは今の危険でもある。
(ルーリー殿下は俺の顔を知っている。ビアニー王子がアネットに忍び込んでいるとなれば、良くは思わないだろう)
今のベルティにとってビアニーは潜在的な敵国である。その王子がうろついているのを良しとはしないだろう。
ルーリーがどのような統治をしているのか、見てみたいという好奇心はあるが、それはかなりの危険と隣り合わせである。ステル・セルアで薬を見つけた帰りならば多少危険を冒すこともできるが、現時点では無理だ。
なので、ツィアはここアネットをすぐに通過するつもりでいた。
しかし、着いたのは夕刻だった。程なく門が閉まってしまった。そうなると翌朝にならないと開かない。まさか門以外のところから逃げ出すわけにもいかない。そんなことをすれば街の者中から追跡を受けるかもしれない。
諦めて、一日の宿をとることとした。
それでも念のため、街の中央からは外れたところ、あまり警戒の強くないところにしたつもりではあったが。
一時間後、ツィアはふと悪寒を感じて、何の気なく窓の外を見た。
たちまち顔が青くなった。明らかに衛兵と思しきものが八人、宿の前に待機しているからである。しかも、少し離れた通りにも十人以上の衛兵が見える。
ただごとではない集結具合、間違いなく自分のことが疑われているのだろう。
ふと、扉の外にも気配を感じた気がした。
それも当たりだったようだ。扉の外から声がした。
「ツィア・フェレナーデさん、ちょっと聞きたいことがあります」
若い男の声だった。どことなく聞き覚えのある声にも思った。ひょっとしたら領主のルーリーが出向いてきたのだろうか。
(どうしたものか……)
迷っていると、更に声がかけられる。
「分かっているだろうとは思いますが、逃げようなどと思っても無意味ですよ」
「……」
どうやら、完全にバレてしまっているらしい。
ツィアは諦めて、扉を開いた。
正面に背の低い少年が立っていた。少し青みがかかった紺色のような髪に、黒い瞳をした少年だ。
声に聞き覚えがあったことに合点がいった。どこか幼さを帯びた表情をはっきり記憶している。
「おまえ、ベルティ宰相の息子の……」
ベルティの宰相はステル・セルアにいるブルフィン・クロアラントという名前の男だ。この男は僧職の称号を持ちながらも多数の妻を抱えており、現時点で15人の子供がいるという話だ。
その四番目が眼前にいるメミルス・クロアラントである。ツィアと同い年の18歳で四番目ということも共通している。
メミルスのことはよく知っている。出会ったのはイサリア。共に海外留学生として三か月を共に過ごした。
「……お久しぶり、と言いたいところですが、ソアリス殿下にはまず謝らないといけないですね」
メミルスはニッと笑みを浮かべて、仰々しい態度で敬礼をする。
「当時、私はベルティ宰相の息子という触れこみでした。それは間違っていないのですが、実は当時から情報局の仕事に進むことが決まっておりました」
「情報局……」
「分かりやすく言うならスパイですね。国内外の情報を集める、というような。現在はここアネットでルーリー殿下のために情報収集を行っております。当然、殿下がここにやってきたということはアネットに入る前から分かっておりましたよ。ビアニー軍から唐突に消えたという情報も得ておりましたからね」
「……なるほど」
どうやらしてやられたらしいということは理解した。
「じゃあ、ビアニーの王子が入り込んでいたということで、国王カルロアの前に突き出して褒美でも貰おうと?」
ツィアの問いかけに、メミルスは「フフフ」と不気味な笑みを浮かべる。
「陛下が元気ならそういうこともあったかもしれませんね~。ただ、殿下にとっても、私にとっても幸運なことに、今はそういう余裕のない状況です。また、ソアリス殿下がここにいる事情というのも大体は把握しているつもりです。現時点で、アネットとソアリス殿下の間には手を組む余地があると思っております。だから、私がやってきたわけですよ」
殺すのであれば、魔術学院の同窓が死ぬところを見たくなんてないですからね。
脅しなのか本音なのか分からないことをメミルスは口にした。
「そういうことですので、ルーリー殿下とお会いいただけないでしょうか?」
「いただけないでしょうか、って選択の余地はないんだろ?」
脅しておきながらよく言う。ツィアは苦笑した。
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