第6話 751年オルセナ戦役顛末

 3月半ば。


 ネミリー・ルーティスはレルーヴ大公トルファーノ・オルファシアからの手紙を受け取った。


 それを流し読みして、帰国してのんびりしているエディスとセシエルに伝える。


「大公が言うには、オルセナはいよいよ無政府状態に陥ったようで、鎮圧にあたったブレイアン・ロークリッド・カナリスもコレイドとの戦いで戦死したらしいわ」


「それで?」


 セシエルもエディスも帰国途上にその情報は伝えられている。


「もうオルセナは混乱極まりないから手出しするなって。あと、『王女が生きているという流言もあるけれど、17年前に間違いなく死んでいるから軽挙に及ぶな』とも書いてあるわね」


「……」


 エディスが顔を膨らませる様子を見て、ネミリーは苦笑した。


「そんな顔しないでよ。レルーヴ内部の件では大公と対立することも多いけど、この点では一緒よ。エディスをオルセナ王として送り込んでも百害あって一利なしだし、そんな事実はないことにしておくのがいいわ」


「百害あって一利なしも言い過ぎじゃない?」


 まるで自分が害悪でしかないような言い方に、エディスは面白くないという反応を見せるが。


「いや、政治とか外交では百害どころか万害あって一利なしよ」


 ネミリーは態度を改めるどころかより強硬的な返事を返す。


 セシエルは思わず噴き出した。



「セシエルも言っていた通り、エディスのダメさはお兄様とほぼ互角よ。ただ、エディスはお兄様と違って、その気になれば一回や二回、戦争に勝てるかもしれないわ。それが最悪なのよ」


 ネリアムもエディスも、何の根拠もなく「多分勝てる」と思い込む。


 普通、現実はそれほど甘くはない。


 事実、ネリアムは先の戦いで負けている。


 しかし、エディスは何といっても戦局をひっくり返す魔力がある。負けそうな戦いを勝ちに持ち込んで中途半端に目的を達成してしまう。


「抱負もないし知識もないまま、ただひたすら戦争だけに強い、言うなれば人食いアリの群れの女王のような存在になるわけよ」


 言いたい放題のネミリーであるが、「反論があるなら具体的な抱負や定見を聞かせてもらいましょうか」と言われると何も言い返せない。


 そもそも、エディス自身、言い過ぎなのではないかというだけで別にオルセナのトップに立ちたいとは思わない。今回の件で、つくづく「自分は特に問題のないエルリザの貴族家系で良かった」と思ったほどである。それが実は偽りのものであったとしても。



「ま、セシリーム南部を統治する勢力とは連絡をとって必要なら最小限の支援はするけどね」


 セシリーム南部を統治する勢力というのはジーナやエルクァーテのことだ。


「大公の情報もそうだし、当人達からの手紙でも、コレイドは引き返したらしいわね」



 ブレイアンを戦死させたコレイド軍なら勢いに乗ってセシリームやピスフェンといったオルセナ中央部の大都市を陥落させることができたかもしれない。


 しかし、それはそれで面倒な統治という問題を引き起こす。


 カチューハ共々、典型的な地方政権であるコレイドは引き続き、地方政権であり続ける道を選んだらしい。



 これによって、セシリーム周辺はさしあたり敵対勢力からの攻撃を受けることはなくなった。


 ただし、ブレイアンのいないオルセナ王家に、セシリームをきちんと管理できるだけの能力があるかも疑わしい。下手すると大混乱をもたらすかもしれない。そこで、南部の住民は最低限の治安維持をジーナ達に求めた。


 王都の民が治安維持を盗賊に任せるというのは前代未聞であるが、それだけブレイアンのいないセシリーム中枢は信用されていないということだろう。



 ジーナとエルクァーテは周辺の者とも話をしたうえで、セシリーム南部支配に乗り出すことにしたらしい。


 周辺の農地も含めれば生産力はある。これまでは王家に収奪されていたが、うまく分配すれば継続して運営していけるかもしれない、ということだ。


 これはセローフも同意しているようだが、ネミリーにしてもトルファーノにしても「彼らを応援したい」というのは副次的な理由だ。支援する最大の理由は「ある程度オルセナ国内をコントロールして、なるべくレルーヴ領内に厄介の種を送り込まないでくれ」というものである。


「でも、2人とも将来的にはエディスが統治してくれることを期待しているみたいだけどね」


 セシエルが笑いながら言う。



 ジーナというより、エルクァーテは当座の支配なら何とかなると見込んでいるようだ。盗賊とは思えない地理や部族知識もある彼女なら嘘ではないだろう。


 ただ、それも限界がある。


 それでも引き受けたのは、どこかのタイミングで「真のオルセナの支配者」であるエディスが来てくれるだろう、と見込んでいるからのようだ。


「……エディスとオルセナの将来についてまでは否定しないけど」


 ネミリーがじとっとした視線をエディスに送る。


「少なくとも、真の支配者とか救世主にふさわしい知識を勉強して身に着けてもらう必要があるわよね。お・う・じょ・さ・ま」



「ひぃぃぃ」


 勉強という言葉に、エディスは露骨に及び腰になっていた。



 史書では751年のオルセナ戦役について、ブレイアンがコレイド第二の街アロエタで大虐殺を起こし、更にサンファネスをも襲おうとして返り討ちに遭い、戦死したことのみが記されている。


 しかし、史書に記されない出会いが、後々オルセナのみならずアクルクア全体を揺るがしていくことになる。


 そのことを認識する当事者はこの時点では、いない。

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