第1話 図書館にて

「ねぇ、セシエル」


 読書しているセシエルに、エディスが話しかける。


 エディスに親しく話しかけられるということは、スイール中の男子の夢であるが、それを享受しているセシエルは面倒そうに視線をあげるだけだ。



 それも無理はない。


 ここはエルリザの図書館内。


 静かにしていなければいけない場所だ。そこをエディスは広場のような雰囲気で話しかけている。



「……何だい?」


 それでも、無視するとこの従姉がうるさいというのはセシエルのよく知るところである。面倒だと思っても相手をするしかない。


「もしかして、次女の私がミアーノ侯女なのって、例の件が絡んでいるのかなぁ」


「うーん……」


 セシエルは本に視線を向けているが、話題的には読む意欲を削がれてしまった。


「多分、そうじゃないかな」



 ハフィール・ミアーノには2人の娘がいる。現在21歳のエルフィリーナと、17歳のエディスだ。


 エディスは何といっても問題児で知られていた。今でこそ急に美形になり『三大陸一の美少女』とも呼ばれているが、それ以前は顔のパーツがいびつで不細工なうえに珍しすぎる髪と目の色をもつ存在だった。いじめられる存在でもあったし、不気味がられる存在でもあった。


 姉のエルフィリーナはその点では普通の存在であった。成績も特別悪くはない。際立って人気者というわけではなかったが、といって他人に嫌われるところもなかった。


 しかし、ハフィール・ミアーノは誰からも不気味がられたエディスが後継者であると宣言し、エルフィリーナは修道院に行くと宣言した。



 6年前のこの宣言、エルリザ中で不思議がられた。


 セシエルを含めた多くの者の考えとしては、「実はエルフィリーナに良い縁談の話があるのではないか」というものであった。ミアーノ侯女より良い相手に嫁げるのなら、すんなりと継ぐより得である。一旦修道院に入った後、その相手が連れ出すのではないか。そういう憶測が広がった。


 しかし、そうでもなかったようである。


 当時もそうだが、今もエルフィリーナには浮いた話がない。



 ただし、3年ほど前、つまりエディスが急激に美形として認知されるようになると話は下火になった。つまり「さすがに父親はよく見ている。次女のエディスの方が外見においてもその他においても実は優秀なのだろう」と思われるようになったのだ。


 この見解は今でもエルリザの大勢である。


 ただ、セシエルとネミリーは疑問であった。「見た目はともかく、中身はダメなんじゃないか」という初歩的かつ身もふたもない疑問である。



 ただし、エディスがハフィールの娘ではなく、オルセナの王女だということになれば頷ける話でもある。


 現時点でオルセナの王族を名乗るのはどう見ても賢くない。


 しかし、未来がどうなるか分からない。いや、実際にオルセナの王族で生き残っているのはブレイアンだけであり、また南西部のカチューハ族が言うところの「闇より出でし神の娘」の系譜を継ぐのかもしれない。


 将来、エディスが本来の立場に戻る可能性も否定できない。そうなっても良いようにミアーノ侯爵の後継者として責任感を持たせる措置をとったと考えることはできる。


(ただ、それならもう少し厳しく教育しても良さそうなものだけど……)


 という疑問の他に、ハフィールがそこまでする必要があるのか、という疑問も出てくる。


 仮にエルフィリーナが外に出て行き、エディスがオルセナ王女に戻った場合、今度はミアーノ侯爵家が後継者不在ということになる。


 もちろん、養子縁組という手もあるが、自分の血族を追い出してまで養子縁組というのも解せない。



「まあ、可能性をあれこれ考えていても仕方ないよ。エディスはしっかり勉強することだね」


「一応、そのつもりでいるんだけど……」


 そう言うエディスは一冊の本を持っている。『王権と神職』という中々難しい本である。


 神職つまり宗教的な権威に対して、王権がどのように携わるかという話で、確かに統治者が知るべき知識かもしれないが。


「エディス、これ改革派の人が書いているものだよ?」


「改革派?」


 エディスが目を丸くした。初めて聞いたといわんばかりだ。


 セシエルは溜息をついた。


「いいかい、アクルクアには大きく2種類の宗派がある。共に原点は同じなのだけど、昔から伝わっているものが大切だという伝統派と、新しく良い理論は受け入れてしまえという改革派がある。オルセナはどっちだと思う?」


「伝統派じゃない?」


 何といっても歴史の古さだけが自慢の国である。まさか改革的な考えをしているとは思えない。


「そうだね。そこにいきなり改革派の考えを持ち込んでいくのは、オルセナに喧嘩を売るってこと?」


「……むむむ、そういう問題があるのかぁ」


 エディスは納得したようで、心底から「奥が深いわ」と呟いている。


「以前どこかで児童向けの『4歳から分かるアクルクア諸国』って本があったような気がするから、それから読むのがいいんじゃないかな……」


「4歳!? いくら何でも馬鹿にしすぎじゃない?」


「じゃ、全部分かるんだね? 見つけてテストしよう」


 セシエルがニヤッと笑うと、エディスは眉間にしわを寄せて答えた。


「……と、とりあえず中身を読んでからにすべきじゃない?」

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