第9話 2人の魔力談義
エディスは憮然とした顔で食堂に座っていた。
「仕方ないじゃない。ギムナジウムからしょっちゅう脱走しているんだから」
その前にはネミリーが少しだけ申し訳なさそうな顔をしつつ、しかし、悪びれることのない様子で座っている。
「……それでも、せめてスープくらい残しておいてもいいんじゃない?」
乾パンとキウイという質素な夕食を食べながら、エディスは不機嫌に言う。
「……まあ、ひとまずそれはいいわ。ちょうどネミリーしかいないし、話したいことがあるの」
「私だけに話すこと?」
「うん。私、さっき、リューネなんとか・アリクなんとかって人と会ってきたの」
「リューネティオス・アリクナートゥスよ。長くても人の名前はちゃんと覚えなさいよ。失礼なんだから……って、えっ?」
冷静に指摘していたネミリーの目が大きく見開かれる。
「リューネティオス、イサリアにいたの?」
「イサリアどころか、魔術学院の中にいた」
エディスは、10年前に魔力暴走を起こしたらしいこと、魔術学院学長が暴走を起こして意識不明と発表できずに今に至ること、その間、レイラミールがずっと面倒を見ていたらしいことをかいつまんで説明する。
「……なるほど。そういうことだったのね」
「コスタシュに教えたい気もするけど、どうすべきだと思う?」
「……コスタシュはいいんだけど、彼からフィライギス伯爵に伝わるとまずいように思うわね。色々大事になりそう」
ネミリーの指摘は、エディスにも理解できるところだ。
「だったら、言わない方がいいのかな?」
「そうね、私だったら黙っているわ」
「でも、学長は怖く見えるけど、実はいい人だってことは知ってもらいたいし」
エディスの言葉に、ネミリーが少し呆れ気味の視線を向ける。
「いや、あの学長が怖く見えるのはエディスだけだと思うけど?」
「えっ、そう?」
一人だけ怒られるようなことをしているから、だ。
ネミリーは首を傾げる。
「……というか、普通に考えて、もうちょっと真面目に勉強した方が得だと思うわよ。エディスは魔力の素質はあるんだから、かなりの成績を残せるはずでしょ。そうなれば、エルリザ・ギムナジウムの連中をギャフンと言わせられるし、王子も余計なことを言えなくなるんじゃないの?」
留学生とはいえ、魔術学院を首席、少なくとも次席で卒業したとなれば、大陸中で大きな顔ができる。魔道のことは分からないにしても、イサリア魔術学院が大陸ナンバーワンの学術機関であることは皆が認めているからだ。
「筆記試験で80点くらい取れば、サルキア以外勝てないだろうし」
「学長も成績は言わなかったけど、私みたいな人がしっかり魔道を極めれば、多くの人を救えるかもしれないって言っていた」
「私もそう思うわ。10年前、私を助けてくれたように、ね」
「うーん」
悩んでいるエディスに、ネミリーは肩をすくめた。
「ま、大きな力だけに不気味に思うのも分かるけどね。そういえば、実際問題、どのくらいまで大きな魔力が使えるの?」
エディスは首を横に振った。
「分からない。どこまで大きくなるかなんて試したことがない」
「この前、宮殿の中庭で使ったので8割くらい?」
「……多分、2割も行ってない」
「あれで2割以下なの!?」
ネミリーが真剣に身を乗り出した。
「……ってことは、何? 本気になれば数百人とか千人規模で吹っ飛ばすことができるの? お兄様が毎日無駄に努力して一人一人倒していく技術を磨いているのに、エディスは才能だけで数百人飛ばせるわけ?」
「その言い方はネリアムさんに失礼よ。それにできるけど、一回だけだし」
「あ、そうか」
魔力は自然に存在している。
自然に存在している以上の魔力は存在しない。
一度に莫大な魔力を引き出した場合、その場の自然の力が失われてしまう。その回復には長い時間を必要とするし、場合によっては回復することなく砂漠化してしまう可能性もある。
とはいえ、一発だけでもそれだけ大勢をまとめて吹き飛ばせるとなるのはとてつもない。
(レルーヴ軍司令官のグラント・タイニアンが知れば、それこそ戦場の切り札として抱えておきたいって思いそうよね。ぶっちゃけ、エディス以外の誰かがそんな力を持っているなら、私だってハルメリカの防衛のために迎え入れたいくらいだし)
エディスには、そんなことはさせたくない。
しかし、エディス以外なら構わない。
ならば、他のほとんどの者にとって、エディスで構わない。
(これはさすがに、私にどうこう言える話じゃないなぁ)
魔力の暴走がかつてイサリアの半分を吹き飛ばしたという話がある。
それは探求心故のものだ。
リューネティオス・アリクナートゥスがそうなったのも探求心故だろう。
魔術学院の関係者は探求心が強いから、そこに伴う犠牲を甘んじて受け入れられるのだろう。
しかし、エディスはそうではないし、ネミリー自身もそこまで極端なことを是とはできない。
「……分かった。もう魔力については何も言わないわ。ただし」
「ただし?」
「そうなると今のままでは落第必至だから、筆記試験でクリアするしかないわね。つまり、明日からみんなで特訓よ」
ネミリーは親友の意思を尊重することにした。
代わりに、親友を断崖に突き落とす判決を下したのであった。
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