第10話 失言

 翌朝、朝食の場でネミリーは再度宣言した。


「エディスはなるべく魔力を使いたくないみたいだから、今日から特訓を組みたいと思うのだけど」


 全員から「異議なし」という声があがる。


「でも、特訓をしても無意味になる可能性がありそうだけど」


 さすがにエディスをよく知るセシエルが不安要素を口にする。


「何せエルリザでも寝る、サボる、気に入らない相手を投げると傍若無人だったからね。特訓と言っても掛け声だけに終わる危険性があるんじゃないかと思うけど」

「私もそう思うわ」

「……エディス、そういうのに頷くのは良くないよ?」


 即答したエディスにエリアーヌが苦笑する。


 ネミリーはというと、自信ありげに不敵に笑った。


「大丈夫よ。レイラミール学長のような教育のプロではないけれども、私には先生にはない、エディスの傾向や性質に対する情報があるわ」

「す、すごい自信ね、ネミリー」

「自信とはいっても、100点取らせるわけじゃないから。60点を取って筆記だけで落第なんてことがないようにするだけだから、そのくらいなら楽勝よ」

「別にいいのに……」


 エディスは不平を口にするが、当然ながら誰も聞き入れる者はいない。




 朝食が終わると、めいめい自分の部屋に戻って魔術学院に出かける準備をすることになる。


「エディス」


 廊下でサルキアがエディスに話しかけた。


「何?」

「これは俺個人の意見ではあるが、できれば限界まで魔力を解き放ってほしい」

「え、何で?」

「正直、ここに来るまでは俺は魔力に関してもまあまあ出来る部類だと思っていた。自分が一番上とは思っていなかったが、上がいたとしても、まあ理解できる範囲くらいだろうと思っていた。ただ、どうやらおまえは違うらしい。だから、どこまで行けるものなのか見てみたいという思いはある」


 近くにいるセシエルとジオリスも頷いている。やはり関心はあるらしい。


「でも……」

「分かっているよ。どうしても嫌だと言うのなら強制はしないし、させることもできないし。ネミリーの言っていたことも理解している」


 予想を遥かに上回り、戦場の切り札になるかもしれない。


 聞きつければ、イサリアだけではなく、各国の軍からスカウトが来るかもしれない。


 そこまで言われれば、誰だって無理強いはできない。


「ただ、魔道に関心がある者として見てみたいという率直な気持ちを言っただけだ」

「ごめん……」

「そうなると、試験も面白味がなくなるかな~」

「サルキアは一位だものね」


 エディスが何の気なく言った。セシエルもジオリスも特に反応はしない。そうだろうと思っていたからだろう。



 言われたサルキアの反応だけが違った。


「……どういう意味だ?」

「えっ、だって、サルキアが一番でしょ? 痛っ!?」


 いきなり右手をつかまれ、エディスが悲鳴を漏らす。


 不機嫌極まりない顔で、サルキアがエディスを見下ろしている。


「……まさかとは思うが、俺に変な気を遣っているんじゃないだろうな?」


 その言葉で、セシエルが「あ」と声をあげる。


 早い段階から、留学生組で首席となるのは多分サルキアだろうと思われていた。


 ただ、エディスが全力を出したら分からない。100点を超える点数が出れば筆記次第でサルキアを上回る可能性がある。


 エディスは全力を出さないという意思表示をした。それはいいが、更に「これでサルキアが一位」というとまるで情けをかけているようにも見える。



 母国での地位向上のために少しでも良い肩書が欲しいサルキアに対して、エディスは特にそうしたものがない。容姿はずば抜けているうえに侯女という肩書もある。更に魔術学院首席という肩書まではいらない。


 だから、手を抜いてサルキアに勝たせても良い。



「もし、そんな理由で使う気がないなら、今すぐ翻意しろ! 俺は首席になりたいが、他人の情けでなるつもりは一切ないからな!」

「痛い、痛いって!」


 エディスが悲鳴をあげる。


 痛い、痛いというのは初日の魔道実技でも言っていた。それはコスタシュに魔力を押し付ける演技だったが、今の悲鳴は本当に痛いようだ。



「サルキア、エディスが痛がっているよ」


 セシエルが止めに入り、ジオリスも続く。


「エディスの言い方は良くないけど、君を下に見るとかそういうつもりはないって」

「……」

「だよね? エディス?」


 セシエルが尋ねる。エディスは唇を尖らせたまま「当然でしょ」と答えた。


「……すまん、あっ」


 右手のことに気づいたようで、手を放した。


「ついカッとなってしまった。悪かった」


 軽く頭を下げると、踵を返して足を速めて部屋へと戻っていった。



「あんなに怒らなくてもいいのに……」


 エディスは不機嫌さを隠さない。痛みもあるのだろう。目は潤んでいる。右手首ははっきりと赤くなっていた。


 セシエルが小さく息を吐いた。


「……サルキアもやりすぎだと思うけど、エディスもちょっと無神経だよ。僕らが言うのならともかく、君本人が言うのは、私が手加減するから一位だよ、的な風に聞こえるのも事実だし、さ」

「だから、そんな気はないんだって」

「僕には分かっているよ。だけど、エディスが言うとそう聞こえちゃうから、そこは自覚しないと。あとでエディスもサルキアに無神経さを謝っておいた方がいいよ」

「……うん、分かった」


 この従弟の言うことは、自分より正しいとエディスは分かっている。


 だから、エディスは素直に頷いた。

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