第11話 特訓

 その日の夕方。


「はい、エディス。次は10ページから2度音読」


 魔術学院の運動場中央に、大きな台が創られていた。


 その台に座って指示を出すネミリーを、エディスが不満そうに見上げる。


「ネミリー、こんなので覚えられるの?」


 そのエディスは運動場で、教科書を読みながら歩いている。


 周囲に他の5人がいて、更に少し離れたところには「何をやっているんだ?」と様子を伺うような他の学生の姿もある。


「そんなの分かるわけないわ。だけど、ギムナジウムでも魔術学院で実証されたのは、エディスは座って授業を受けさせるのはダメだということよ。つまり、立つか歩くか走るかしなければならないわけ」

「何だか見世物みたいになっているんだけど……」


 人だかりに気づいた学生もどんどん見に来ている。


 それほどたいしたことはしていないのだが、日頃見ることのないエディスがいるので、男子達は中々帰らない。


「あまり近づくようならサルキアに追い払わせるから気にしなくていいわよ。いつも汚名も構わず好き放題やっているのに、今に限って恥ずかしいも何もないでしょ」

「ぶ~」


 文句が言えないようでエディスは不満そうな顔をしながらも教科書を開く。



 しばらくすると、騒ぎを聞きつけたようでレイラミールとアルテイラも現れた。


「ネミリー、あんた、何をやっているのよ?」


 台に座っているネミリーが一番目立つので、当然アルテイラはネミリーに問いかける。


「エディスの特訓をしています」

「特訓?」


 当然、けげんな顔をする2人に対して、ネミリーは趣旨を説明した。


「……走らせるのが、一番効果があるかもしれないと思いましたが、体力がないのですぐに倒れる可能性もありますし、歩かせています」

「……そうなの」


 2人は呆れたような、何となく納得したような、不思議な顔を浮かべる。


「……あまり遅くまでやらないようにね」


 止めさせるだけの理由はないと結論づけたようでそれだけ言うと、2人はラルスの学生達にも帰るように指示ししながら校舎の方へと戻っていった。それを見て、学生達も帰っていく。



 1時間が経過した。


「個人の魔力特性を説明しなさい」

「えっと……。まず全体としての魔力の許容量で、これを超えたら暴走するわね。次に自然から魔力を引き出す力の強さがあって、あとは遡及時間と初期の強さかしら」

「おぉぉ」、「合っている」


 正しい答えが出て来たことに、エリアーヌとジオリスが驚いている。


「……座っているより覚えている感じだね」


 セシエルも大きく頷いている。


「明日にならないと分からないけど、エディスは一つのことに集中するより、あれやこれやとやらせる方がいいのかもしれないわね」


 ネミリーも成果に満足しているようで、高台から飛び降りた。


「じゃ、解散、屋敷で晩御飯にしましょう」



 それぞれが帰路につく中、エディスが小走りにサルキアの隣に並ぶ。


「サルキア、朝はごめん……。私が無神経で……」

「いや、いいよ。俺の方こそ悪かった」


 サルキアは小さく右手の掌を向ける。それ以上言わなくて良いと言わんばかりだ。


「……考えてみれば、そんな変なことに頭が回るはずもないし、な」


 という言葉を聞いて、後ろにいたセシエルが苦笑する。


「サルキア、その発言はエディスに対して無神経じゃないかな?」

「そうかもしれないが、おまえとネミリーには言われたくないんだが?」


 サルキアも苦笑しながら答えた後、一転してエディスに対して自嘲気味に笑う。


「才能のない奴の僻みみたいなものだ。忘れてくれ」

「あ、うん……」

「でもさ、サルキア。君が魔術学院でトップだったとしても、トレディアでの立場が大きく変わるのかな? もし、気に障ったらごめんだけど、僕やエディスが首席取っても、エルリザで何か変わるとは思わないよ」


 セシエルはサルキアに話をしているが、聞いていたジオリスとコスタシュが反応する。


「そうは言っても、兄上は首席だったことでビアニー中に能力を疑う者はいなくなった。ビアニーがラルスと仲が良いというのもあるかもしれないけど、少なくともビアニーには相当効果があると思うな」

「ラルスでは絶対的だ。地方でも、な」


 2人を受けて、エリアーヌが苦笑しながら言った。


「ピレントはあまりないかなぁ。万一、私が首席だったとしても、お姉様にいびられるだけで終わりそう」

「セシエルの言うようにハルメリカやエルリザでは大きな効果はないかもしれないけど、知っている人にとっては大きな指標になると思うわよ。内戦中の国で、次を担える優秀な人達には効果があるんじゃないかしら?」


 ネミリーが締めくくるように言い、全員が「確かに」と頷く。



 その時、横目に見ていたエディスが、「あれ?」と目を凝らした。


「どうかしたのか?」

「今、山の方で何か動いたような気がしたんだけど?」


 そう言って、以前スケッチで訪れた学院の裏にある山を指さす。


「……そうなのか?」


 サルキアを皮切りに全員が裏山の方に視線を向けるが、夕暮れ時となっていることもあり、木々以外に何も見えない。


「……気のせいかな?」

「分からん。中で何かやっているのかもしれないし」


 しばらく推測の話をしていたが、確認する相手もいないし、当のエディスも自信がないようだ。


 結局、屋敷に戻る頃には全員忘れてしまっていた。

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