第12話 余暇の交渉
7月に入った。
いよいよ20日にある卒業試験が見えてくるこの日、ネミリーはコスタシュとエリアーヌを連れて学院の研究室を回っていた。
研究室と言っても、本格的な研究をしているところもあれば、それほど高度でない当たり前の研究をしていたり、あるいは神器と呼ばれる魔力を増幅させたり、収容したりする道具を作っている者もいる。
この日、ネミリーが回るのは、当たり前の研究をしているところであった。
残る四人はエディスの特訓に付き合っていて、運動場にいる。
今や放課後に運動場を歩き回って教科書を朗読している美少女は、魔術学院の名物のようなものとなり、少し離れたところから観察する者が日に日に増えている。
もっとも、それで気が散るのか、エディスの学力の向上度合いは段々低下していた。
「最近はあまり調子良くないけど、エディスは大丈夫かしら?」
エリアーヌが心配そうな声をあげる。この日はネミリーについてきているが、エディスのことが心配らしい。
「微妙なラインだけど、50点取れれば、残りの10点くらいは何とかするでしょ」
ネミリーはあまり心配している様子もない。
エディスは魔力を使わないと言っているが、欠片も使いたくないということではないだろう。筆記試験でほぼ取れているのなら、申し訳程度の魔力は解放して、ノルマだけは達成するのではないか。ネミリーはそう踏んでいる。
「でも、落第ギリギリで卒業っていうのも格好悪いんじゃない?」
「確かにカッコ良くはないけれど」
卒業証書には成績も載るらしい。60/200とあっては、確かにカッコ悪いだろうし、周囲から笑いものになるかもしれない。
「ただ、本人が魔力を使わないって言うんだから、仕方ないじゃない」
「気持ちは分かるけど、ちょっともったいないよね」
「仕方ないわよ。それより」
ネミリーの視線はコスタシュに向かう。
「もう一か月以上経つけど、何を企んでいるのか本当に分からないの?」
コスタシュがイサリアに入った時に一緒に入ったらしい四人の男の行方は依然として知れない。セシエルがジオリスと共に宮殿で聞きこんでいる情報から、その四人は浮上していないようだが、全く無警戒ということもないだろう。
「……分からない。何の連絡もない」
「もしかして、もう諦めたとか?」
エリアーヌが楽観的な見通しを示すが、コスタシュは否定的な素振りを見せる。
「……それはない。帰るのなら、俺にその旨は伝えてくるはずだが、そうした連絡はない。何かしらやっているのだと思う」
「そうなんだ……、あまり物騒なことにならないといいけど……」
「俺からは連絡の取りようがないんだ。すまん。ところで」
コスタシュが話題を変える。
「何で研究生の部屋を訪ねるんだ?」
「私じゃないわ。ネミリーが訪ねたいって言うから」
「うん。何人かハルメリカで採用しようと思って」
「採用?」
2人が「何をするんだ」と顔を見合わせる。
「魔道の力があれば、船の速度上昇や何かあった時の排水がやりやすくなるでしょ。だから、5人くらい採用して、船に乗せようと思うの」
「魔道で船を速くするの?」
「そう。実際にどのくらい速くなるかは分からないけど、1日でも短くなるならすごい価値があるからね」
「確かに、ネミリーは忙しそうだものね」
「そうなのよ。お父さんは病気がちだし、お兄様は全く役に立たないし」
「……仮にエディスが本気で船を動かしたら、すごいことになるのかもね」
危険な雰囲気と察したエリアーヌがすぐに話題を変えた。
「エディスにはやらせたくないなぁ。船の耐久度とか考えずに思い切り使って、沈めるかもしれないから……」
「なるほど。ありえそう」
「ま、どうしようもない嵐の時には頼むかもしれないけどね。どの道沈むかもしれないなら、奇跡に頼った方が良いし。で、エディスはそういう時は奇跡を起こすと思うし」
そう言いながら、職員室に入り、その日のうちに3人の魔道士にハルメリカ行きを承諾させた。半年間で金貨25枚、半年後に成果を見て改めて正式契約をするという条件だ。
最終的には10人の魔道士を連れてきて、ハルメリカの船に乗せることになり、それによってハルメリカの船団の効率が上昇したのであるが、それはまた別の話である。
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