第9話 ジオリスの状況

 ステレア北部の中心地ウィンデル。


 包囲戦が長くなる中で、ビアニー軍はこの地に滞在していた。


 ここでネーベル部隊の暴走を警戒しつつ滞在している中で、予期せぬ情報……フリューリンク攻囲軍の敗走という情報が届いてくる。


「100人足らずの謎の軍に……蹴散らされた?」


 戦闘翌日に早くも報告を受けたジオリスは、信じられないとばかりに絶句した。



 ステレア軍がビアニー軍に勝てるはずがない。


 むしろ厄介なのは、ステレア領内で略奪などを企んでいるネーベル軍の方だ。


 そう思っていたから、北部に滞在していた。


 そうしたところ、上級指揮官不在のフリューリンク包囲軍が完膚なきまでにやられて、ここまで逃げてきたという。


 信じられない。


 ジオリスは直ちにティレー・ヴランフェールとシェーン・トルトレーロの戦歴抱負な指揮官を呼び出した。


 伝令の言葉を伝えると、2人もけげんな顔を示す。


「そんなことがあるんですか?」


「あったと言うから聞いているんだ。通常ならありえない話だ」


「そうですね……。俺も色々なところで部隊を指揮していますが、100倍以上の差を覆したなんてケースは聞きませんよ」


 ティレーの返事にシェーンも頷いた。


 地の利、天候の変化、全く知られていない通路からの奇襲。


 そうした事柄で数倍の差を覆すケースはありうる。それは軍略の妙味というものだ。


 しかし、100倍の差を覆すとなると、軍略以前の話である。多い側が完全に油断していたとか、特殊なケースでなければありえない。


 そういう点では、マーカス・フィアネンとファルシュ・ケーネヒスは油断とは無縁の人物と言える。共にそれほど高い地位にいるわけではなく、真面目に任務に励むだろうことが予想されるからだ。


「それこそ二、三千人がことごとく吹き飛ぶようなことでもない限りありえませんよ……」


 ティレーが呆れたように言ったが、ジオリスはその言葉に、「あっ」と声をあげる。「どうしたんですか?」と尋ねられると。


「……いや、それができるのが1人、心当たりにある。ビアニーに敵対的ではないはずだが……」



 戸惑っているところに伝令が飛んできた。


「ソアリス様からの伝書鳩が届いております」


「兄上からの!?」


 ジオリスは驚いた。


「一年以上連絡のない兄上が、ここに来る伝書鳩を持っているのか?」


「よくは分かりませんが……」


 伝令も自信がなさそうだ。恐らくはたどりついた伝書鳩の手紙にソアリスの署名があったから伝えに来たのだろう。


「とにかく確かめよう」


 ジオリスは伝令が捕まえたという伝書鳩のところまで急ぐ。


 部隊の南側の地域に伝書鳩がいた。見たことのない色をした伝書鳩である。鳩の個性を覚えるような繊細な感覚を有していないジオリスも「こんなのがいたかな?」と思うような鳩だ。


「こちらが手紙です」


 差し出された手紙を見る。



『親愛なるジオリスへ。


 長らく書信を出せず申し訳ない。

 色々理由があって、今、ホヴァルト軍中にいる。

 ここの国王は油断のできない人物で、エディス・ミアーノと共にフリューリンクのビアニー軍を少数で撃退してしまった。

 おまえからすると、どうして止めなかったのかと怒りたくなるところかもしれない。その文句は甘んじて受けるが、ホヴァルト王とエディス・ミアーノのコンビはとてつもなくまずい相手だ。

 間もなく交渉に駆けつけるホヴァルトの使節の中に俺もいるのだが目立ちたくはない。

 半年以内にビアニー側に戻りたいと思うが、一旦、ビアニー軍はステレアから退いて、立て直すのが良いと思う。もちろん、どうしてもまずいというのなら、そこから先はホヴァルト王と交渉してほしいが、交渉がもつれるとホヴァルト王とエディス・ミアーノが共闘してくる可能性があることを承知してほしい。

 俺は当面、彼女を南に連れていくべく動いている。交渉団の中に俺を見ても公式の場では近づかないでほしい。どこかのタイミングで2人、話をしたいとは思う。

 ソアリス・フェルナータ』



 筆跡はソアリスのもののように見えた。そもそも、彼の名前を勝手に騙る者がいるとも思えない。


「やはりエディスか……」


 エディス・ミアーノのとてつもない魔力はジオリスも理解している。そこにもう1人、ホヴァルト王も相当危険な人物らしい。


 エディスが2人いると考えれば、2万の軍勢が撤退を余儀なくされたとしても仕方がない。しかもどういう理由か分からないが、兄ソアリスもいるという。彼がその場で適切な策を与えたとすると、指揮官2人がやられたのに兵士はほとんど無事という理由も納得がいく。



 そして、エディス・ミアーノが相手側にいるということは、より悪い事態をジオリスに想像させる。


「ネミリーにセシエル、サルキアもついているかもしれないとなれば、正直指揮官の差がありすぎる。さしあたりは兄上に、どうしてこうなったか確認することが先決だろう……」


 本当にそうであれば最悪の事態である。しかし、そうなった理由に心当たりがあるあたりが心苦しい。


「ウォリス兄上とクビオルクのせいなのだろうなぁ……」


 どうしようもないのが友軍にいることで短期的な利益は増えるのかもしれないが、長期的には敵が増える。


「……そうなるとビアニーの味方についてくれるのはエリアーヌだけになってしまったわけか……」


 イサリア魔術学院に留学したメンバーの中で、ジオリスは決して成績が良かったわけではない。


 優秀な面々(点数だけではない)がことごとく相手側についたとなれば、どうしようもない。


 兄の言うことに従うしかなさそうだという結論に、ジオリスはすぐ達した。

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