第10話 撤兵交渉

 3月11日、ステレア隊の一行は北部のウィンデルへと到着した。


 既に伝令などの行き来はしてあり、ビアニー側も交渉を受け入れるという話だ。


 城門は既に開いた状態である。


 もっとも、王都フリューリンクと異なり、ウィンデルは普通の街よりもむしろ城壁などは低めだ。


(仮に閉まっていても、こいつなら実力で開くんだろうなぁ……)


 ツィアはジュニスに視線を向け、そんなことを考えながら中に入った。



 ウィンデル城内の広場に、仮設のテントのようなものが建てられていた。


 どうやら、この中で交渉をすることになるらしい。


(中に入ったところで、ビアニー軍に包囲されたら大変なことになるな……)


 ジオリスはそんなことをしないだろうが、相手側という観点で見た場合、謀殺の危険はある。


 しかし、ジュニスが先頭きって周りの様子を伺うこともなく入った。ルビアも続いて入っていく。


(さすがというか何というか……)


 警戒よりも自信が勝っているということだろう。


 あるいは、アルフィムがやっているようにジュニスも付近に魔力をばらまき、異変がないか察知しているのかもしれない。


(この2人は本当に何をしても不思議でないくらいに考えないといけないからな……)



 ジュニスに続いて、ステレアの責任者である女将軍のレナ・シーリッドが入り、更にその後からファーミルが入り、ツィアが最後に入る。


 テントの中には、ジオリスがおり、その隣にツィアにとっても義兄にあたるルーイッヒ・ゲルトラーゼの姿がある。その両脇にはツィアが見出したシェーン・トルトレーロとティレー・ヴランフェールの2人の姿がいた。


 これだけビアニー首脳陣が揃っているということは、ひとまず暗殺の危険はなさそうだ。



「ビアニー軍総指揮官のジオリス・ミゼールフェンだ」


 ジオリスがチラッと視線をツィアに向けつつ、自己紹介をした。


「ステレア軍副司令官のレナ・シーリッドです。先の戦いを受けて、ステレア側の要請を持ってまいりました」


「……聞こう」


「既に伝えてある通り、フリューリンク南部で戦死したと思われる指揮官の遺品その他一部物資を返還する代わりに、ビアニー軍がステレア領内から撤退することを要求する」


 レナがはきはきと主張する。


 本人と雑談をした時には「仮にファビウス・リエンベアを派遣して暗殺でもされるとまずいので」と言っていたが、この堂々とした態度は評価に値するものである。


(さて、ジオリスはどうするか……)


 視線を弟の方に向けた。


 そのジオリスは、義兄であるルーイッヒとシェーン・トルトレーロと小声で話をしている。


 その時間、およそ5分。


 ジオリスが頷いて向き直った。


「……分かった。フリューリンクから撤退した今、ステレア北部だけを支配していてもあまり意義はない。ここは従って撤退することとしよう」


 ジオリスがあっさり認めてしまったことはレナにとっては意外だったらしい。目を丸くして口をぽかんと開けていたが、すぐに具体的な話に移る。


「では、期限はいつにしてもらえますか?」


「三日後には撤退しよう」


 どうやら、撤退ということで話は決まっていたようだ。


(まあ、その方が賢いだろうな)



 仮にウィンデルにステレア軍が押し寄せてきたとしても、ビアニー軍の方が圧倒的に優位である。


 数も有利だし、元々の能力も違う。更にここにいる指揮官はフリューリンクにいた2人とは異なる。ジオリスにルーイッヒといった王族二名がいることに加えて、シェーンやティレーは歴戦の戦士だ。


 ジュニスがいるとしても、そう簡単には……という思いはある。


 しかし、今のように全員が固まっているところに大きな火球を撃ち込まれたら一瞬で終わってしまう可能性がある。


 ジュニスと戦う際には指揮権を分散させ、かつ部隊も分散させなければならない。一つや二つは部隊が破壊されることを前提に、数で押し切るという計算だ。


 ただ、そうした対策をジオリスが短期間で準備するのは不可能だろう。


 おそらくはガフィンとシェーンあたりが揃って考えないと不可能ではないか。



 ひとまず話がついたところで、実務的な協議に入る。


 ファーミルが口を開いた。


「ジュニス陛下と、ツィアさん、不測の事態が起きないように、外に出ておいてもらってよいですか?」


 自分から先頭切って話すことの少ない彼にしては結構あけすけな言葉だ。「闇討ちされるかもしれない」という言い方にビアニー側の何人かが不快感を露わにする。


「よせ。こちらの支配下にあることは事実だ。警戒されるのは仕方ない」


 ジオリスはそう言って、ルーイッヒとシェーンの肩に手を置いた。


「実務的な事は頼む」


 そう言って、テントから出ていく。


 ファーミルがツィアに振り返り、ニッと笑みを浮かべた。


 2人で話せる場を作ってくれたようだ。

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