第12話 ツィアとシルヴィア

 どのくらい寝ていたのだろうか。


 ツィアが目を覚ましたのは、どこかのベッドの上であった。


 天井には見覚えがない。少し顔を動かして、壁を見るも記憶にはない。


 しかし、部屋の中にある本などを見て、どこにいるかは見当がついた。本の文字がフンデの言葉で書かれているから、だ。


(ティレーの矢を受けて意識を失った後、シルヴィアのところに運ばれたのか……)


 ステル・セルア城外では治療もできない。シルフィとエマーレイが「ここが一番安全だ」と攻城軍に伝えたのだろう。そこからどうやって運んだのかは分からないが、アルフィムやファーミルと協力して、シルヴィアのところまで運んでくれたようだ。


(とすれば、慌てることはないか……)


 誰かが来るまで待つことにした。



 10分ほどでシルヴィアが水を入れ替えに部屋に入ってきた。


「あら、起きていたのね」


「……戦況はどうなっているんだ?」


 ツィアの問いかけに、シルヴィアは「あらあら」と苦笑を浮かべた。


「ここで頑張って看護している私でもなければ、戦いを勝利に導いたあの娘のことでもなく、戦況のことから聞いてくるのね。相変わらず自分勝手ねぇ」


 あけすけな物言いにツィアはムッとなる。


「……ここにいるということは君に何かあるとは思わないし、不意打ち以外でアルフィムがやられることはないだろうからな」


 ティレーの初撃はアルフィムには防げなかっただろう。しかし、狙われていると気づけば、ビアニー一の豪勇で知られるティレーでもどうすることができないはずだ。戦う方法がそもそも違うからである。


「あらまぁ、たいした信頼ね。一年前までは『殺さなければならない』とか言っていたのに」


「余計なお世話だ。それで戦況は?」


 シルヴィアは肩をすくめた。


「もう終わったわよ」


「……終わった?」


「メミルスが予想以上に色々篭絡していたようよ。東の城壁が突破された時点で大半の兵士達がやる気を失ったみたい。頼みの地元兵もやる気を失ってジ・エンド。サイファと宰相はどこかへ逃げてしまったわ。他の兄弟たちも驚いているんじゃないかしら。ステル・セルアはこんなに脆かったのか、って」


「……俺はどのくらい眠っていたんだ?」


「半日くらいよ」


「半日。それはさすがに、俺もびっくりだな……」


 もちろん勝てるだろうとは思っていたが、そんなにすぐに陥落するとは思いもしなかった。


 これなら、自分達の存在は不要だったのでは、と思えるくらいだ。


「いや、実際に不要だったのかもしれないな。勝つための保険として待っていた、というべきか」


「そうかもしれないわね」



 状況が分かったところで、まず今後のことを考える。


(気になるのはティレーの動向だが、ステル・セルアの攻防戦はあいつにとってはどうでも良いものだ。俺がアルフィムを結果的に守る形になった以上、関心を失ったことだろう)


 そのうえで気になるのは、ビアニー軍と合流した後のティレーであるが。


(こういう形になった以上、あいつはジオリスに伝えるだろうな……。ジオリスがどういう反応を示すかは分からないが、最悪の場合、相手に奔ったという扱いになりかねない。ただ、事実なだけに反論が難しいところだな……)


 血気早いジオリスのことだから、今度は「ソアリスはオルセナ王女と行動している反ビアニー分子だ」と言いふらしかねない。そうなると、ビアニーに戻ってどうこうするということが不可能になる。


(フェルナータにいるセシル達に危害が及ばなければいいのだが……)


 とはいえ、現状ではどうにもならない。


 まずは自分の完全回復を待つしかないだろう。


 傷口の辺りは確実に痛む。完全に傷口がふさがるまでは十日くらいかかりそうだ。


(そういえば、アルフィムは姉に刺された後、ほぼすぐにハルメリカにやってきていたなぁ。俺はそうしないように気を付けないと)


 とまで考えて、ひとまず看護してくれているシルヴィアに礼を言うことにした。



「色々手間をかけたようで申し訳ない。感謝している」


「別にいいわよ。何のかんのと、私の客観的な立場としてはメリットも大きかったわけだし」


 シルヴィアのメリットというのは、地元フンデのコミュニティの立場だろう。


 メミルスに協力していて、彼らの勢力がステル・セルアを占領したのだから、当然、良い扱いを受けることになるだろう。ルーリーの本拠地アネットではそうはいかないだろうが、ここステル・セルアでは民族ごとに褒賞を出すということにするしかない。


「他のみんなは店にでもいるのか?」


 ここにいるのはシルヴィアだけのようで、話し声も聞こえてこない。アルフィムとシルフィが話をしていれば、色々聞こえてきそうなものだから、建物の中にいないのだろう。


「彼女は王宮に追い払ったわ。シルフィとエマーレイも多分そっちに行ったんじゃないかしら?」


「追い払った?」


「そう。看護の邪魔だからね」


「邪魔って……」


 さすがにそこまで無茶苦茶ではないと思ったが、思いつきの魔法で何かやってくる可能性はゼロではない。


 この時点ではツィアはそう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る