第13話 シルヴィアとアルフィム・1

 翌朝、アルフィムはまたしても不機嫌な様子で朝食をとっていた。


 不機嫌の原因は二つ、まずはルーリーに求める褒賞が何も思いつかないことだ。


 もう一つは既に半日以上経つにもかかわらず、ツィアと面会すらさせてもらえないということである。重病で面会謝絶の状況ならやむを得ないが、重傷とはいえ普通の負傷で、何か問題があるとも思えない。それなのに全く会わせないというのが納得いかない。



 1人もくもくと食事をしているところに近づく陰があった。


「ちょっといいかしら?」


 声をかけられたアルフィムは、更に不機嫌な表情で顔をあげる。


 しかし、その不機嫌な表情を向けられた相手側はにこやかに笑っていた。


「何か用ですか、シルヴィアさん……」


 アルフィムの言葉に、シルヴィアはにこりと笑った。


「食事が終わったら、ちょっと付き合ってくれないかしら?」



 20分後。


 朝食を食べ終わったアルフィムは、シルヴィアの誘いに従い、ステル・セルアの街を歩いていた。


 前方を歩くシルヴィアを見て、思わず溜息をつく。


 身長は自分より10センチ以上高い。頭の小ささと足の長さは別次元である。


 彼女の横に並べば自分は幼児のように見えるだろう。スタイルが良い女性というものを意識したことはないが、このシルヴィアに関してはその差を痛感せざるをえない。


 そんなアルフィムの考えが分かっているのか、いないのか、シルヴィアは楽しそうに問いかけた。


「ステル・セルアのコーヒーでも飲む? 結構おいしいのよ」


「……お好きなように」


 ぶっきらぼうに答えた。



 10分後、2人は喫茶店のテーブルに向かい合って座っていた。


 2人の前には小さな陶器のグラスがあり、そこに黒茶色の液体が注がれている。


 コーヒー自体はハルメリカで何回か飲んだことはある。あまり好きではないが、付き合いで飲めないわけではない。


 シルヴィアが身を乗り出してくる。


「でも、無事なようで何よりよ。ツィアは一年前は『運命に従って殺さないといけない』とか貴女のことを言っていたのよ」


 その言い方がまたアルフィムを不機嫌にさせる。


 自分のこともツィアのことも知っているという態度を示されているように思ったからだ。


「……随分、私のことを知っているんですね」


「あら、そうでもないわよ。実際に顔を合わせると、なるほど『三大陸一の美少女』って言うのも分かるなぁって感心したわ」


 そう言って、フフッと笑みを浮かべる。


 その余裕めいた表情が、更に苛立ちを募らせる。


「……で」


 シルヴィアがコーヒーに一口つけて、視線を向ける。


 アルフィムも負けずと一口コーヒーを含んだところで口を開いた。


「実際のところ、彼とどこまで進んだの? キスは済んだわよね? それとも行くところまで行っちゃった?」


「ブフォッ!」


 予想外の一言にアルフィムは思い切り吹き出してしまう。髪やら服のいたるところにコーヒーの茶色い染みが出来る。


「……まだ何もないです」


「あら、そうなの? この前、私のツィアを奪う気なのって顔をしていたけど?」


「……そういうシルヴィアさんはどうなんですか?」


 アルフィムの問いかけにシルヴィアが目を丸くする。


「私? 私は何もないわよ。貴女、私のことを全く知らないのね。ファーロットって私の夫の家の名前よ。いくら何でもビアニー王子が未亡人を妻にするわけないでしょ」


「み、未亡人……?」


 予期せぬ答えにアルフィムは戸惑う。


「そうよ。貴女、私のことを何も知らないのね」


「それは、まぁ……」


 そもそも三大美少女ということ自体にそれほど関心がなかった。


 エイルジェ・ピレンティのこともエリアーヌの姉という以上のことは知らない。


 シルヴィアについても名前だけだ。



 シルヴィアが自分のことを話し出した。


「……私はフンデの田舎娘として生まれたの。そのままだとエディス姫やエイルジェ姫と一緒にされるような知名度もなかっただろうくらいに貧乏な一般人だったのよ。だけど、まあ、見てくれは良かったから、そこを評価されてフンデの中級地主だったファーロット家当主から求婚されたわけ。で、貴族の婦人となる以上は教育も受けなさいということでちょっとだけ家庭教師をつけられて、いきなりイサリア魔術学院の国外留学生よ」


「そこでツィアと会ったわけですね」


「そう。もちろん、その時はソアリス・フェルナータだったけどね」


 シルヴィアは空に遠い目を向けた。


「単純に初恋という点でいえば、彼が初恋の相手であるのは間違いないわ。でも、自分の感情のままに駆け落ちする程の勇気もないし、夫にも感謝していたからね。それはそれで諦めたわけよ」


 あっけらかんとした様子には嘘はなさそうだ。


「そこは割り切って、戻ってきたわけだけど、誤算だったのは結婚して半年もしないうちに、火山の噴火で夫が死んでしまったことよねぇ。16にして未亡人よ」


「そ、それは大変だったんですね……」


 とはいえ、最初の許婚という点では、アルフィムもサルキアを失ったということがある。


 結婚の後か、前かというだけで全く違う境遇というわけでもない。

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