第14話 シルヴィアとアルフィム・2

 シルヴィアの話は続く。


「別に再婚希望もなかったけれど、イサリアから戻った頃は100件くらいあった申込が半年で3件に減ったのは、ショックだったわね。あぁ、私のことを評価しているんじゃなくて、私から離れたシルヴィア・ファーロットという虚構に対するものなんだなって思わざるをえなかったわ。貴女も申込はすごかったでしょ?」


「あ、いえ、王子の申込がしつこかったくらいで」


 アルフィムは首を傾げた。求婚の申込が100件というのは想像がつかない。


「ま、そういうことで近くの集落にいたエマーレイとシルフィを連れてステル・セルアに来たというわけ」


「そうなんですね」


 話を合わせるが、段々、彼女が何のために話をしているのか分からなくなってくる。



 もっとも、シルヴィアはそういう感情の動きも気づいているようだ。


「そういう顔をしないでよ。ここからが一番話したいことなの」


「はぁ、どうぞ」


 そんな風に言われると、アルフィムとしても先を促すしかない。


「私はこういう経緯だから、今更初恋どうこうでソアリス殿下……ツィアに近づく気もないんだけど、といって初恋の相手だからあまり醜いこともしてほしくないわけよ。あいつがオルセナ王女かもしれないから殺すなんて言われると、自分が惨めになっちゃうじゃない。こんなどうしようもない男を好きになったのか、って」


「……そ、そういうものなんですね」


「そうなの。私はそういう奥ゆかしい乙女なのよ」


「……」


 奥ゆかしいのかどうかは分からない。ただ、初恋だけど自分の立場を考えて引き下がるというのは、自身の考え方とは違うようにアルフィムには思えた。


「で、ここからが本題よ」


「……前振りが物凄く長いですね」


「私の積年の愚痴もあるのだから多少長いのは我慢してちょうだい。ソアリス殿下……ツィア・フェレナーデは許婚がいる身分、それは理解しているわよね?」


「はい」


「だけど、許婚関係というのは政略的なもの、ということも理解しているでしょ?」


「政略的なもの……。ビアニー国内の貴族同士の関係ということですか?」


「そうよ。フンデみたいな田舎国家はともかく、ビアニーとかオルセナは基本的に国の建前とかそういうのを優先して、本当は好きでもない相手と結婚するなんてことが普通にあるの」


「ツィアもそうなんですか?」


「何だかんだで薬を探してあちこちさまよっているから嫌いということはないでしょうね。ただ、完全な本音は分からないわ。多分、本人にもね」


 シルヴィアはそう言って、アルフィムを指さす。


「ツィアは無関心な感じではあるけれど、貴女をかばって矢を受けたという事実はあるわ。つまり、本人の意識的に逆転の余地はあるの。問題は政略的な部分だけど、ここも決定的な強みが貴女にはあるわね」


「決定的な強みですか?」


「ビアニーとオルセナは不倶戴天の関係と言われているわ。そんな関係の中で、貴女が『オルセナなんかどうでもいいです。ビアニー王子に嫁ぎます』と言えば、これは物凄く価値のあることなのよ」


「オルセナ王女がオルセナよりビアニーを選ぶことに価値があるわけですね?」


「そうよ。オルセナの王位継承者候補というのは現時点では貴女しかいないわけだから、それがビアニーに行くということはオルセナの死亡宣告になるし、ビアニーの勝利を意味する。となると、その時点で貴女の政略的な価値はセシル・イリード・ヒーエアを上回ることになるわけね」



 ソアリスの現婚約者はビアニー国内の事情で選ばれた。


 仮にアルフィムがオルセナを捨ててソアリスを選ぶことを公言した場合、ビアニーという国家の対外的な立場にも影響してくる。


 国内のみと対外的なものも含む場合、価値という点ではアルフィムの方が遥かに高い。


「……」


「そういうことが話したかったわけ」


「どうして私に話すんですか?」


 シルヴィアの言葉に裏はなさそうであるが、どうして自分に有利なことを話してくれるのかがよく分からない。


「言ったでしょ? 初恋の相手だから、あまり変なことされてほしくないし、私が『あ~、この子ならいいか』って認める子の方が、何となく心にけじめがつくの」


「私だとけじめがつくんですか?」


「そうよ。だって、外見も含めて物凄く可愛いし。三大陸一の美少女って言うから、結構お高く留まっているのかなと思ったら、物凄く素直で、私に対してもものすごい嫉妬心むき出しにしてきたし」


 そう言って、シルヴィアは楽しそうに笑う。


「……」


「自分で言うことに気が引けるなら、シルフィに言えばいいわ。彼女からツィアに対して言ってくれるだろうし」


「……はぁ」


「はぁ、じゃないわよ。ツィア・フェレナーデのことが好きなんでしょ?」


「……多分」


「だったら、貴女がやるべきことは決まっているわけよ。ということで私のおせっかいはここまで。後でシルフィにツィアのところまで案内させるわ」


「……あ、ありがとうございます」


 予想外に好意的な反応に、先程まで嫉妬含みの嫌悪感をもっていた自分が恥ずかしくなってきた。


 頭を下げたアルフィムに、シルヴィアは笑って二回ほど肩を叩いた。


「まあ、頑張ってちょうだい」

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