第10話 エルフィリーナ・2

 エルリザの宮殿の程近く、丘の上に修道院はある。


 外界から隔絶された……というのは大袈裟すぎるが、丘の上から下までは道だけが続いている。外出するだけでも目立つだろう。



「……」


 セシエルは複雑な顔でその地形を眺める。


 神に全てを捧げる生涯を送るというと聞こえはいいが、結局のところ監禁しているのではないかという気もしないではない。


 そう思うのはエディスも同じようだ。


 ともあれ、2人で入る。


「エディス・ミアーノですが、姉さんに会いに来たんですけれど」


 受付にいる女は無言で掌を差し出した。


「……?」


 セシエルがすぐに財布から銀貨を取り出して、掌に乗せると、扉が開いた。


「何なの? 今の……」


「良く言えば浄財、悪く言えば賄賂だよ」


「……」


 エディスは明らかに面白くないという顔をした。


 何故に姉に会うために受付に金を払わなければならないのか、そう思っているのは明らかだ。


「今までにも来たことあるんじゃないの?」


「今までは父さんか母さんと来ていて、私だけで来るのは初めてだから……」


「なるほど」


 今まではハフィールが払っていたのか、あるいはハフィールは免除されていたのか。


 そこまでは分からないが、エディスと自分には特例がないということは明らかなようだ。



 入るのも監獄のようであれば、面会室も監獄のようだ。


 といっても、セシエルもエディスも監獄には入ったことがないが、殺風景な部屋の中、無機質な机が一つに、向き合う形の椅子が二つあるだけだ。


 しばらくすると、エルフィリーナがやってきた。


(ハフィールさんの真意は知らないけど……)


 どちらが侯爵令嬢かというと、間違いなくエディスである。


 修道服に身を包み、化粧気がないという言い訳はできるが、エディスにしても鮮やかな衣装を着ているわけではない。エディスは中にいるよりは外を走り回るので、動きやすい活動的な服ばかりだ。要は衣装で華やかになるわけではない。


 それでも雰囲気は雲泥の差だ。容姿の差も多少はあるがもってうまれた性格的な明るさの差があるように思った。


(それでも、エディスも昔はいじめられて暗かったけどな……)


 ただ、ひたすら騒いでいたことは間違いないが。



 そんなことを考えていると、姉の方から言葉を発した。


「久しぶり」


 感情を感じない挨拶である。


「ひ、久しぶりです……。あまり来られなくてごめんなさい」


 エディスは頭を下げた。そんな必要はないようにも思ったが、エルフィリーナから会いに来る手段はないのも事実だ。久しぶりという言葉は、「放置しているのか」という問責のような言葉に、聞こえなくもない。


「……大丈夫よ。母さんは3日に一回は来ているし」


「そ、そうなんだ」


「エディスも忙しいでしょうしね」


「……」


 セシエルは自然とエディスを見た。忙しいはずがない。何かとバタバタしているが計画的に行動しているわけではないエディスにとってはこれまた問責のように聞こえるかもしれない。


「ひ、久しぶりに来たけど、寂しい場所よね。何か差し入れとか持ってきた方がいいかな?」


 まるで見合いをしているかのようにぎこちない話しぶりだ。


 反応が気になるが、エルフィリーナはどうとでもない、という顔をしている。


「入口は殺風景に見えるけどね、中は問題ないよ」


「そ、そうなんだ……」


「エディスは最近、どうなの?」


「最近、オルセナに行ってきたの。すごく滅茶苦茶なところでびっくりしちゃった」


 何とか会話を楽しくしようと話しているエディスだが、促しておきながらエルフィリーナはあまり関心がなさそうである。


「……お、面白く、ないかな?」


「面白いよ……」


 エディスの不安げな質問に、姉は無表情に答える。


 悪意があるというよりも、修道院の画一的な生活でこうした生き方になってしまっているのかもしれない。


(まあ、エディスも色々あったとはいえ半年も会っていなかったわけだし、別に凄い話があるわけでもないし、姉からしても面倒なだけかもしれないな。次回は母親と一緒に来た方が良いのかもしれない)



 その後も一時間ほど話をした。


 ほぼエディスが話題を探して話しているだけで、エルフィリーナが大きく関心を向けることもない。


 最終的に話すことがなくなってしまい、「また来るね」と言い残して別れることになった。


 外に出てセシエルは大きく息を吐いた。


 何という窮屈な雰囲気だ。彼はそう思った。


 見かけは姉妹の会話ぽいかもしれないが、姉の言葉は全く感情がない。良く思っていない、とまでは言えないが、どうでも良いという感情に近いのだろう。


「うん……?」


 エルフィリーナのことを考えていたうち、ふと、セシエルは振り返った。物陰から視線のようなものを感じたからだ。


 気配はない。


 通路の向こうに柱があるだけだ。ただ、ひょっとしたら、柱の陰に誰か隠れているのかもしれない。


(……何か良くない気配だったけど)


 気にはなる。


 ただ、元々が殺風景な雰囲気なうえ、中にいる人間も総じて友好的ではない。


 変に探して、余計なもめごとになるのも面倒だ。


「まあ、いいか。行こう」


 エディスも気づいていないようだし、さっさとお暇するに限る。


 セシエルはそう考えて、先に丘の下へと向かっていった。

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