第7話 カチューハの者達
一時間後、一行はジーナとフィネーラがそれぞれ御者席に行く形で南に進んでいた。
すなわち乗り合いの方にはエディス、セシエル、エルクァーテとパリナが乗ることになる。
エルクァーテが言うところによると、彼女達、自称フラワー団の参加者は全員が商人や中級以下の兵士の娘らしい。
「この辺りはオルセナでも危険な地域でねぇ。ちょっとでも隙を見せると殺される。あたし達は全員、親や保護者を殺されてみなしごとなった連中なんだ」
そんな身寄りのない女達をまとめあげたのがジーナだと言う。
「あの通り、下手な男より大きいし、強いからね。自分より弱い男が偉そうにしているのに我慢ならなくなって、女ばかり集めるようになったんだよ」
「で、軍師的な存在としては貴方がいると?」
セシエルの問いかけに、エルクァーテは「そんな大層なものではないけど」と断りつつも。
「ジーナの方が軍人の生まれだから得意なはずなんだけどね。あたしは商人の生まれだったけど、両親は人が良すぎて騙されて、それで色々警戒深くなったのかもしれないね」
「……大変だったのね」
エディスも彼女達の境遇には同情的な様子だ。
「で、別に女だけでいる信念もなかったんだけどさ、こういうところに男を入れると力関係がおかしくなるんだよね。ジーナはそれを嫌ったし、あたし含めて大抵の連中も不信感の方が大きいからね。別に支障もないし、男がいる方が疑われるし、といいことがまるでないから、こういう組織で来たというわけさ」
エルクァーテの説明にはとりたてて矛盾もない。そもそも本人もそれで騙そうという素振りもないし、おそらく事実を話しているのだろう。
オルセナは危険だという話をまた一つ確認できた、そういう思いになる。
続いて、セシエルは肝心の質問を口にした。
「先ほど、エディスのことを『真珠の樹』に連なる者と言っていたよね?」
「あぁ、カチューハの名門氏族のことさ」
コスタシュ・フィライギスがいるというカチューハには古来より伝わる氏族がいて、それが『真珠の樹』の一族と呼ばれているらしい。
「オルセナ王家と同じくらい古いらしいよ。そんな昔に生きたわけではないから、真偽は知らないけどね」
「それは長い」
セシエルは溜息交じりに相槌を打った。オルセナ王家と同じくらいの長さなら750年ほど昔から存在していることになる。ティシェッティ公爵家にしても歴史としては200年程度だろう。相当に長い。
「その一族の連中は、男は金髪、女は黒髪と相場が決まっていて、どちらもクリアな青い瞳をしている。で、総じて容貌もいい。お姫様みたいにね。しかも男の金髪はともかく、女の黒髪はその一族以外にはいないものだから希少価値も高いわけだ。オルセナの王族に入った女も多いんじゃないかな」
「つまり、エルクァーテさんはエディスがその一族であると思うわけだ」
「まあ、他所の国のことを細かく知るわけじゃない。ただ、オルセナで生きてきたあたしには、そうとしか思えないわけだ」
「確かにねぇ」
少なくとも、スイールではエディス以外にこの髪と瞳の持ち主はいない。
ただし、彼女の両親であるハフィールとマーシャは異なる色をしている。
「例えば、その真珠の樹の女性の娘が茶髪と茶色の瞳だけど、孫娘は本来の黒と青になるということはあるの?」
そのセシエルの質問は無意識に近いものだった。何となく思いついたことを口にしただけだ。
口にしてから、まずいことを聞いたかもしれないと思った。
肯定されれば良い。しかし、もし否定されたならエディスの出自に大きな影を落とすことになる。すなわち、「ハフィール・ミアーノとマーシャ・ミアーノはエディスの親ではない」という可能性を残すことになる。
しかし、一旦口にした言葉はもう戻らない。しまったと思いつつもエルクァーテの返事を待つしかない。
「……そこまでは分からない。あたしはカチューハの人間でもないし」
セシエルは安堵した。エルクァーテの答えが破滅的な結論を回避できるものだったからだ。
「カチューハに行って、直接聞く方が良いんじゃないかね」
「カチューハも色々危険なのかな?」
オルセナが危険な国だということは散々聞かされているし、ある程度実感もできた。
真珠の樹という大層な一族がいるらしいカチューハはどうなのか。
「カチューハとサンファネスにいる連中は半独立しているから、中は割合安全なはずだ。もちろんセシリームから来た連中だと思われると攻撃される危険性があるけど、向こうもあんた達がセシリームから来た正規軍とは思わないだろうし、そこは問題ないと思う」
「オルセナに半独立地域があるんですね?」
「そりゃあ」
エルクァーテが呆れたように言う。
「こんな酷い国の下になんて、誰だっていたくないさ。ただ、1人や2人で逆らうことは難しいからね。カチューハやサンファネスみたいに昔独立していたのなら、オルセナの支配を拒めるけど他の地域は難しいんだ。だから、仲間とつるんで盗賊にでもなるしかないって連中が多いんだよ」
「なるほど……」
セシエルは頷いて答えて、エディスを見た。
ここまで何も言ってこない。といって、何も分かっていないわけではないようだ。自分の素性に関わることだから無視しているわけではない。きちんと聞いたうえで、何も口にしない。
まだ、何かが確定したわけではない。直接見たり、聞いたりするまでは迂闊に決めたくないと思っているのだろう。
それで正しいと思った。
いつもは軽口を叩くが、こういうことに関して、エディスを茶化したいとは思わない。
それはネミリーだって同じだろう。もし、この場に彼女がいて、軽口を叩いたなら絶対に強い文句が飛んでくるはずだ。
そのくらいのことは、お互い弁えている。
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