第8話 カチューハの者達・2
南に進むにつれて、更に道が悪くなってきた。
「このあたりは通る者も少ないところだからね。手入れが少ないから、道も荒れ放題で……」
周辺も林や森が広がっている。
盗賊が隠れるにはもってこいの場所のように思えるが。
「ただ、この辺りまで来ると歩く者もほとんどいないからね。奪うものがないから、盗賊達も少ないだろうよ。やっぱりいるのは、レルーヴやベルティといったあたりの国境や、大きな街の郊外だね」
エルクァーテが説明する。
他国との国境沿いは、やはり交易で移動している者が多いらしい。大きな街の郊外には子供も多く、人さらいには最適なのだという。
「本当にどうしようもないところなんだな」
フィネーラが改めて呆れる。
更に2日ほど進むと、道はますます悪くなってきた。
「道を維持するのも大変なのね……」
エディスが溜息をついた。ところどころに馬車では進めないような状態になっているところもあるが、そこではエディスが障害物を撤去したり、近くの土を持ってきたりして、舗装して進む。
「……こういう滅茶苦茶なところでも、エディスがいると便利だよね……」
セシエルが感心する中、一行は更に南に進む。
それまで西側の遠くにあった山が南に進むにつれどんどん近づいてきた。そうでなくてもうっそうとした林に囲まれた道であるが、山が近づくことで更に威圧感を受ける。
「だけど、この山が見えてきたらカチューハも近かったはずさ」
「エルクァーテさんはカチューハに詳しいようだけど、出身地に近いの?」
セシエルが尋ねて、エディスもフィネーラも「確かに」と頷いた。
それは理解できるのだが、ジーナまでもが「そうだよな」と頷くのには苦笑する。
「ジーナさん、一緒にいるけど知らないわけ?」
セシエルが笑いながら問いかけた。
「当たり前だろ。街のことなんか詳しくても生きていけない。通行人を見つけたり、効率的に奪う方法だけが必要なんだからさ」
ジーナが悪びれずに言い、エディスがムッとした様子で。
「そんな人なら、ついてこなくてもいいんだけど?」
「誤解されたら困ります! それは今までの話であって、姫様に忠誠を尽くすと決めた日から、そのような邪念は一切忘れました!」
急に態度を改める。そのあまりの落差についてきた者全員が思わず笑みを浮かべた。
更に半日ほど歩き、エルクァーテが西側を指さす。
「煙が立ちあがっているのが見えるけど、あのあたりが多分カチューハだよ」
エディス達も西を向いた。確かに煙のようなものが上がっている。
「あれは炊事の煙かな?」
「恐らくは」
「じゃ、私は」
とエディスが言ったところで、セシエルが「待った」と押しとどめる。
「相手がどう出るか分からないんだから、1人で行くのはダメだよ」
「むう……」
エディスは不満そうだが、自分が言って分からないことがあったら困るのは確かのようで、「仕方ないわ」とその場に留まる。
意図が分からないジーナとエルクァーテは「一体何だ?」という顔をしているだけであった。
更に半日、山の方へ進むと竹で作ったような壁が見えてきた。
「あれがカチューハの集落だね」
「本当に集落なんだね」
セシエルは呆気にとられた。
彼が住んでいるエルリザはもちろん、ハルメリカもアッフェルもバーリスも、ある程度小さな街でさえ石造りの壁に囲まれている。竹製の壁というのはあまりにも防御力がない。
山の中であるから、ここに石造りの城壁を作るのが困難であるのも確かとはいえ、あまりにも防御力がない。
「これだと攻められたらイチコロじゃない?」
「確かにそうだけど、数をもって攻め込むのは難しいよ」
「それもそうか……」
確かにここまで来た道は狭い。林を切って進むのも困難である。
少数の軍しか近づけないのなら、この防御でも大丈夫かもしれない。しかも。
「そうか……、考えてみれば」
エディスの先祖かもしれない人間もここにいるのかもしれない。
エディスの魔力がどういう経緯で身に着いたものかは分からないが、真珠の樹なる名門一族にそうした力があるかもしれない、というのは頷ける話である。
エディスみたいなのが複数いれば、守るのは非常に簡単だろう。
集落が近づいてきた。パッと見たところ、見た目よりは大きな場所だ。
多くても200人くらいだろうと漠然と思っていたが、1000人以上住んでいそうである。
入り口近くに男がいた。見張りだろうか。
こちらを見つけて、何か言葉をかけてくる。
「……? 何を言っているんだ?」
セシエルには全く理解できない。セシエルが理解できない以上、当然にエディスとフィネーラも「?」という顔をしている。
ジーナも戸惑っている中、エルクァーテが話しかける。
それに応じて相手も返事をする。この2人の間では会話が成り立っているらしい。
「古いオルセナ語を話しているようだ。古い部族だからね」
「エルク、アンタ、そんな難しい言葉も知っていたんだ」
ジーナが呆気に取られている様子を見て、エルクァーテは呆れかえる。
「いや、オルセナの兵士生まれは聞いて理解くらいはできるはずなんだけど……」
エルクァーテと見張りの会話は穏やかだったが、しばらくするとにわかに慌てだした。
エディスを指さして、何かを叫んでいる。
「その娘は真珠の家の者か? って、聞いているよ」
「私に聞かれても、分からないんだけど?」
「そういえばそうだったね」
エルクァーテはまたも古オルセナ語で話を始める。しっかり聞いていると、確かにオルセナ訛りの言葉が更に強くなったように感じられなくもない。
「とりあえず中に入って話を聞きたいが、いいかって?」
エルクァーテが言う。
「もちろん」
元々の目的はコスタシュ・フィライギスのことだが、それ以外でも色々聞きたいことはある。
中でじっくり話すのは、セシエル達にとっても望むところであった。
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