第8話 メイティア・ソーンと魔術学院・1
ハルメリカを出て15日、エディスはイサリアに到着した。
早い、というのが実感である。
2年前の留学の時には、途中のバーリスで立ち寄り、そこからは陸上からの行程となったが、今回はネーベルがウォリスの支配下にあることとイサリア・ルーティス家の者達にヴァトナ号のことが知られていることもあるので直接海路で向かったのである。
結果、アクルクア最速のヴァトナ号で直接向かい、半月程度でたどりついた。
どういうメカニズムを使っているのかは分からない。恐らく伝書鳩などであろうが、エディスが着くということは既にイサリアのルーティス家にも伝わっている。
結果、ネミリーと年寄りマウントを取り合っているアルテイラ・ルーティスとその父ネルソン・ルーティスらの歓迎を受けて、エディスとパリナは館へと向かった。
「大おばあちゃんは元気?」
と、依然として年齢ネタにこだわるアルテイラには苦笑するしかないが、彼女の話によるとイサリア・ルーティス家におおまかな話は伝わっているようである。
当然、既に魔術学院にも伝達済であり、アルテイラから「明日、学長と話をする時間を確保しています」と伝えられる。
ここまで手はずが良いのなら自分が来る必要もないのではないか、エディスはそう思うが。
「手紙だけだと正確なニュアンスなどは伝わりませんから」
アルテイラに言われて、それもそうかと思った。
翌朝、アルテイラとともに2年ぶりに魔術学院へと向かう。
「卒業してから、何もしていないんですけど怒られたりしないでしょうかね?」
エディスは何となく不安である。
自分の魔力に対して、レイラミールが期待を寄せていたことを覚えている。それに対して何かしていたかというと、何もしていない。あちこち旅したり、オルセナやハルメリカで戦闘にも参加していて何もしていないわけではないが、「より良い何かを探しています」ということはない。
「大丈夫ではないでしょうか。エディス様は侯女様ですので、他にやらなければならないことも沢山ありますし」
「はぁ……」
他のことをきちんとしているだろう、というアルテイラの評価も何となく重い。
そんなことを考えながら、2年ぶりにイサリア魔術学院へと踏み入れた。
校内の敷地は全く変わっていない。来た当時と変わっていることといえば、裏の山がなくなっていることだが、それは自分がやったことである。
(そういえば、サルキアと協力して山を吹き飛ばしちゃったのよねぇ)
懐かしい思い出も浮かんでくるが、アルテイラはスタスタと進み、学長室へと向かう。
「学長、エディス様をお連れいたしました」
「入りなさい」
聞き覚えのある穏やかな声を聞いて、エディスの緊張は頂点に達する。
アルテイラが扉を開いて、中に入った。
「ど、どうも、お久しぶりです」
「久しぶりですね、エディス・ミアーノ。元気でしたか?」
「はい。まあ、何とかは風邪ひかないとも言いますし……」
「あらあら、そう自虐することはないのですよ」
穏やかに、かつ非難されるでもなく言われると、かえって自分の怠慢ぶりを責められているような気がして、どうも落ち着かない。
どうしようかと思っていると、アルテイラが助け船を出してくれた。
「それで、学長。メイティア様のことですが……」
「あぁ、そうでしたね」
話が変わった。ネミリーが聞こうとしていた魔術学院の中でのガフィン協力組の情報が得られそうだ。
「メイティア・ソーンは間違いなく、ここ100年では最大の天才と言っていいでしょう」
レイラミールが言うには、こと魔道に関することではどの分野にもメイティアに勝てる者はいなかったらしい。
「メイティアと勝負をしても勝てる者はおりません。そうなるとどうなるか。誰もが、魔道に関しては彼女が正しいと思うようになってしまいました。結果、彼女を止める者がいなくなるほどに」
「あ~、ハルメリカにおけるネミリーもそれに近いところはありますね」
親友と比較して、何となくの納得を得る。
父親であるネイサンが亡くなって以降、ハルメリカではネミリーが全ての決定権を有している。兄のネリアムも言い争っても勝てないのでゼルピナに籠ってしまったとエディスは思っている。部下にしてもそうで、せいぜい執事のコロラ・アンダルテが控え目に進言するくらいだろうか。
「もちろん、多くの権力者が彼女を評価し、莫大な対価と引き換えに自分の下で研究することを望みました。彼女の知識があれば、多少のことは実現できたでしょうから。しかし、それが当たり前すぎて彼女は興味をなくしたのでしょう」
「確かに、それだけの魔道の力があれば誰かに従う必要もないですものね」
「貴女も似たようなものですね、エディス・ミアーノ」
「私はそういうことはないのですが……」
ただ、頭ごなしに何かを言われるのが嫌なだけである。
もっとも、メイティアも誰かに唯々諾々と従うのが嫌だという点では似ているのかもしれない。
「結局、彼女が心動かされたのは、愛する者を失った者の叫びでした。彼女がそうしたことを研究すること自体は間違ってはいません。仮にそんなことができるとすれば彼女だけでしょう。しかし、彼女は過程で失敗が多く生じることを知っており、それについて無頓着です」
「その結果として、ガフィン・クルティードレの研究とも重なってしまったと」
「その名前を聞いたのは初めてですが、そういうことでしょう。彼女の最終的な目標はブレていませんが、その過程で失敗し、多くの者を死なせてしまうことも仕方ないと考えています」
最終的に自分が成功すれば、全員が生き返るようになる。それでチャラになるはずだ、と。
「そのような研究を認めるわけにはいかないので、魔術学院の使用を全て禁止し、本人も従いました。しかし、魔術学院内にはメイティアに従うことでより富貴を得られると考えた者が多かったようで、様々な資料が持ち逃げされておりました」
「ということは、メイティアの仲間は多いわけですね」
「……とは言っても、誰彼構わず協力させるタイプでもありません。無能な連中は切り捨てるはずですので実際にメイティアに従っている者は10人もいないでしょうし、今となっては本人の居場所も知られておりませんから、仮に望む者がいたとしてもメイティアに合流することはできないでしょう」
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