第3話 卒業試験・3

 巨大な火柱が二本立ち上り、驚いたのはサルキアだ。


「いや、そんな魔力はなかったはずだ!」


 何かが爆発したのはサルキアの魔力の残滓が山にぶつかってからだ。


 しかし、当の本人が言う通り、爆発させるほどの魔力はなかったはずだ。何かがなければ、このようなことは起こらない。


「……まさか?」


 サルキアの言葉に反応した4人……エディスとコスタシュを除いた4人はコスタシュに視線を向ける。


 彼と共にイサリアに入った4人が仕組んだのではないか。


 コスタシュは激しく否定した。


「違う! 何か企んでいるとしても、こんなことは出来っこない!」


 魔力を自在に操ることは、潜入者には出来ない。それが出来るのなら、もっと早くから派手に何かをしているはず。


 コスタシュの悲鳴交じりの言葉は、偽らざる本音であった。




 事態は、それぞれの思惑を待ってはくれない。


 火柱が裏山の木々に燃え移り、業火となる。周りの木々を巻き込み、焦げ臭いにおいが学院側の運動場にも届いてくる。


「町の方が!」


 悲鳴があがった。


 火は裏山中の木々を巻き込み燃え広がる。広がり方を見てもどう見てもただの火災ではないが、魔術学院側については不正防止の魔道力のあるスタッフがいる。だから延焼は最低限になるだろう。


 しかし、街の方は?



 そうした事態を想定していないから、警護用の魔道士も学院の中にいる。


 街の方は手薄。


 誰かが叫んだ。


「街の方が! 街が火の海になる!」




「……サルキア」


 エディスが何かを決心した低いトーンの声を出した。


「何だ?」

「まだ、魔力はある? 回復した?」

「……回復しきってはいないが、足手まといにはならん」


 微笑を浮かべて、すっと後ろを見た。ネミリー、エリアーヌ達5人が不安そうな顔をしている様子が目に入ってくる。


「対等ではないが、ここでおまえのサポートが出来るのは、俺だけだ」


 エディスも微笑んだ。


「ついてきて」


 言うなり、エディスは大きく前に進んだ。「おぉ!?」とサルキアだけでなく、周囲も一斉に声をあげる。


「ちょっと待てよ! 何なんだ、それは!?」


 サルキアが慌てて追い出した時、既に裏山のすぐそばまで接近したエディスが両手を広げて意識を集中している。


 慌てて接近するサルキアに、エディスが命令調で叫ぶ。


「その辺であらん限り、火を起こして!」

「わ、分かった!」


 サルキアは反射的に叫んだ。



 先ほどの実技試験でかなり疲労しているが、サルキアは魔力の集積を始める。


 エディスの意図は理解した。


 属性別でどうこう、という器用なことを彼女はしない。多分、できない。


 とはいえ、燃え上がっている裏山に火を投げかけるのは愚かな行為だ。


 だから、サルキアに火の魔力を使わせて、エディス自身は別の属性の魔力を限界まで集めてぶつけようとしている。それが分かるから、サルキアも運動場の危険じゃない場所に懸命に火を起こす。


「あれを一人で止められるのか? ……止めるんだろうな……?」


 問いかけるサルキアに対して、エディスはいつもの劣等生の姿はどこに行ったのか、真剣な表情で意識を集中している。



「ち、ちょっと待って!? あれは!?」


 エリアーヌが叫んだ。


 裏山の上に、暗雲がもうもうと立ち込めていて、チラチラと光が見える。


「雷?」


 暗雲は雷雲のようで、雷の卵のようなものが雲の間でバチバチと光っている。


「ま、ま、まさか……」


 ネミリーが唖然とした声をあげた。


 彼女は、エディスが何らかの力を持っていると信じている。


 しかし、雷雲を呼び寄せ、雷を落とすというのは想定を超える。


 ただ、その雷にしても燃え盛る裏山の木々を止められるのかどうか?



 エディスは右手を高々とあげていた。


「消えなさい!!」


 叫んで、右手を大きく振り下ろした。


 その瞬間、雷雲から無数の雷が裏山に激しく降り注ぐ。


 光が爆発し、衝撃音が周囲に爆ぜた。


「うわぁぁぁっ!」


 サルキア、セシエル、レイラミール。


 運動場にいた全員が思わず目を閉じ、耳を塞いだ。



 一瞬の後、サルキアが目を開けた。


「えっ……?」


 思わず絶句してエディスを見た。


 それが引き金となったわけではないだろうが、運動場にいた者が一人、また一人と目を開ける。



 魔力の爆発で暴風とも爆炎とも言えるものが飛び散った。


 それが少しずつ晴れていく。


 その晴れていく向こう、燃え盛っていた裏山を確認した誰かが茫然と虚ろな声をあげた。


「山が……消えた?」


 セシエルの言葉の通り、業火をあげんとしていた裏山は、その存在自体が消えていた。


 その跡には、ただがらんとした虚無の空間だけが広がっていた。

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