第3話 アルフィム対ジュニス

 紫色の長髪をたなびかせ、ホヴァルト側の青年が高台から飛び降りてきたのを見て、ツィア・フェレナーデは頭を抱えたくなった。


(こんなに常識外れだったとは……)


 そう思った相手はエディス・ミアーノ、現在はアルフィム・ステアリートと名乗るオルセナ王女である。


 頼み方によっては通してくれたかもしれないのに、本心なのか、挑発なのか、相手を煽るようなことを言って本気にさせてしまっている。


 一緒についてきているシルフィとエマーレイ、ファーミル・アリクナートゥスも青い顔をしている。



「俺はホヴァルト王のジュニス・エレンセシリア。掲示の不備は認めるが、こちらもホイホイと領土を通過されても困るんで、ね。悪いがこのままお引き取り願いたい」


 ジュニスが朗々と宣言した。


 それを受けたアルフィムは不敵に笑う。


「つまり、通りたいなら力づくってことね?」


 挑発的な言葉に対して、ジュニスはその言葉を待っていたかのようにこれまた不敵に笑う。


「そういうことだ」


 ジュニスはそう言って、後ろに視線を向けた。ホヴァルトの付き添い達が目を白黒させていると。


「武器も持っていない相手を倒しても、俺の名前が汚れる。誰か剣でも渡してやれ」


「は、ははっ!」


 反応した兵士の1人が手持ちの剣をアルフィム目掛けて投げ込んだ。


 その時点で彼女はフードを取った。「おおっ!?」というどよめきの声がホヴァルト側からあがる。生意気な反応をしつづける女が、これだけの美少女とは思っていなかったのだろう。


 そのアルフィムは「へぇ」と感心したような視線をジュニスに向ける。


「結構紳士なのね?」


「後で不公平だと言われたくないんで、な」


 ジュニスがニヤリと笑うと、アルフィムも同じように笑う。波長が似ている2人のようだ。


「大丈夫よ。そんなもの使わなくても、何とかなるから」


「……面白い」



 2人は10メートルほどの距離で向かい合った。


「あ、名乗り遅れたわね、私はアルフィム・ステアリート。自由騎士とでも考えておいてちょうだい」


 それを合図に2人がじりじりと距離を縮める。


 先に動いたのはジュニスの方だった。「はあっ!」という空気を切り裂くような声とともに。


「消えた!?」


 シルフィが叫ぶが、実際にツィアの目にも彼が消えたように見えた。


 一瞬、置いて高い金属音が響いた。


 アルフィムも短剣を抜き、ジュニスの短剣による攻撃を食い止めたようだ。


 シルフィが「お姉ちゃんには見えたの?」と驚いているが、それはツィアも同じだ。ジュニスがどうして消えたのか、アルフィムがどうやって止めたのか、全く見当もつかない。


 実際、ジュニスも驚いているようで、ニヤッと笑う。


「……やるじゃん」


 アルフィムも楽しそうに笑う。


「私、あまり自分の目には頼らないことにしているの」


 そう言って、身体を一回転させて蹴りを入れるが、これはあっさりと防がれる。


「……なるほど、俺と同じように魔力を使えるわけね」


「そうみたいね」


 お互いに魔力を自分の身体能力に変えて、爆発的なスピードを生み出しているらしい。


 華奢なアルフィムはもちろん、ジュニスにしても細身である。そうした見かけは全く関係ない。


 勝敗は単純に2人の魔力量と、その使い方によるのだろう。



「これだけの魔道士2人が対戦するなんて……」


 感心するようにつぶやくのはイサリア魔術学院学長レイラミールの息子であるファーミルである。魔術学院という魔道を志す者達ばかりの世界にいても、明らかにけた違いなのだろう。


(無理もない)


 成績という点ではツィアにしてもトップクラスにいるはずである。魔術学院の留学生部門では歴代2位の記録を有しているのだから。


 しかし、その彼にしても、アルフィムにも、ジュニスにも太刀打ちできるという気はしない。桁外れの2人である。



 2人もお互いがほぼ互角と見たのだろう。しばらくは牽制するかのような打ち合いが続く。


 しかし、ジュニスの一瞬見えなくなるような攻撃は全て止めているし、当然アルフィムの蹴りなどもジュニスには通用しない。


「これはやばいな……」


 ツィアは思わずつぶやいた。


 魔力の偵察で決着がつかないとなると、当然最後はお互いの切り札的な魔道で決着をつけることになる。しかし、そうなると場の魔力量が大幅に削られて自然環境が変わるかもしれないし、近くにいる自分達も巻き添えを食らうようなとんでもない大魔道が飛び出るかもしれない。



「……ねぇ、あんた」


 固唾を飲む展開となったところで、同じく難を避けているホヴァルト側の女に声をかけられた。


「結局、あんた達は何のためにここを通過したいわけ?」


「……このルートがフリューリンクへの最短ルートだと思ったからだ」


「フリューリンクへ?」


「ああ、彼女をリーダーに、俺達はフリューリンクに行って、ステレア軍を支援したいと思っている」


 ツィアの言葉に女が目を丸くした。


「とすると、目的そのものはあたしと一緒なわけね」


 頷いて、ジュニスに声をかける。



「ジュニス、ちょっと中断してもらえるかしら?」


 女の言葉にジュニスはちらっと視線を向けたものの。


「悪いな、ルビア。こいつとは決着をつけないといけない」


 ジュニスの言葉にアルフィムも頷く。


「私も賛成。どっちが強いのか……」


 2人の声が重なった。


「「いざ、勝負!!」」

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