第5話 ハルメリカの防衛方針・3

 着々と準備を整えるハルメリカに、更に南から200人の増援がやってきた。


 言うまでもなく、ネリアム・ルーティスとシェレーク・ルードベックが率いるゼルピナの兵士達である。


「ははは、俺達が来たからには、ネーベル海軍など猫の前のネズミのようなものよ」


 2人を先頭に200人とも陽気な様子でハルメリカの政庁に入ってした。


「窮鼠猫を嚙むという言葉もあるけど、ね……」


 ネミリーが額に手をあてて、げんなりとした顔をしている。


 シェレークが何か言おうとするが、ネリアムが豪快に笑い飛ばす。


「ハハハ、それもまた良い! それでは、俺達は早速戦場となる場所を調査に行ってくる」


 立ち上がって、政庁を出ようとするネリアムをネミリーが止める。


「いや、市長はお兄様なのだから、政庁にいるべきでしょ?」


「何を言う。俺が最後方にいても、役に立たないだろう!」


 ネリアムがあまりにも堂々と言い放ち、ネミリーが両手で頭を抱えた。



「どっちがいいんだろう?」


 ツィアはセシエルに小声で問いかけた。


 ネリアムは戦力としては頼りになりそうだ。一方、ネミリーは戦場では頼りになるタイプとは見えない。となれば、現状通り、ネミリーが政庁に収まり、ネリアムが前線で戦う方が良いようにも見える。


「ネリアムさんが前線にいると、前線を勝手に動かす恐れがありますからね……」


「なるほど……」


 優勢と勝手に思い込み、突出したところを叩かれて形勢逆転というのはアクルクア戦史上多々あるところである。ネリアムやシェレークはその典型的な「ちょっと有利になったら、全軍有利だと思い込んで突出する」前線と言える。


「ネリアムさんやシェレークさんのようなタイプは、常に劣勢の状況に置いておくのが一番良さそうだ。互角な局面を優勢にすると勝手な行動をとる恐れがあるんですよね」


「滅茶苦茶難しい使い方だな」


 ツィアは呆れると同時に「敬語はやめてくれ」とも付け加えた。


 今の彼はビアニー王子ではなく、ベルティ第四王子の使節である。ティシェッティ公子が敬語を使うような相手ではない。


「分かり……分かった」


 セシエルも了解したようだ。



 結局、ネリアム率いるゼルピナ兵士達は戦場となりそうなハルメリカ北の砂浜地帯の調査に向かった。


「というか、お兄様も含めて調査してどうするつもりなのよ。どうせ何もしないでしょ?」


 ネミリーはイライラした様子で毒づいている。


「どうせ突っ込むしかしないくせに」


「……確かに」


 セシエルがまず頷いて、エディスも同意する。


「いっそエルリザにいるハルメリカ海軍の船に乗せれば良かったんじゃないの?」


 船ならば、突出したくてもできないはず。


 エディスはそう思って発言したようで、それ自体は正しいように思えるが。


「……どうだか。あの2人なら、船が近づかないなら飛び降りて泳いで向かいそうよ」


「……うわぁ、本当にやりそう……」


 エディスが口を両手で覆い、ツィアは苦笑する。


「むしろ、そんな姿勢でよく生きているな……」


「たいした敵とは戦っていないもの。仮にビアニー軍とでも戦闘したら、真っ先に戦死するわ」


 妹の兄に対する発言は容赦がなかった。



 ネミリーを政庁に残し、一行もネリアムの後を追うことにする。


「しかし、前ハルメリカ市長ネイサン・ルーティスはかなりの辣腕と聞いていて、実質的に統治をしているネミリー・ルーティスも辣腕と見える。どうして、現市長のネリアムはああなったのだろう? あ、失礼、ちょっと言い過ぎた」


 ツィアが失言を詫びながら、セシエルに尋ねるが、代わってエディスが答えた。


「ネミリーは昔から勉強が好きだったけど、セローフに行ったりすると馬鹿にされることもあったのよ。勉強ばかりしていて、女の子らしいことをしていないって。そんな時にネリアムさんが悪口言う相手と喧嘩して守っていたんだけど、2人ともその時の意識がずーっと抜けないのよね」


 ネミリーは表向きはともかく精神的に兄離れしなくなり、ネリアムは肉体で守るという意識が根付いてしまい、今に至っているという。


「エディスにしてはよく分かっているじゃないか」


 セシエルが賞賛する。


「でも、君も6歳の時からほとんど成長していないよね? すぐに手を出す。口が悪い。勉強しない。すぐに寝る」


「ぐぐ……余計な事を言うんじゃないわよ」


 セシエルの喉元を押さえて抗議するエディスと、大袈裟に「痛い、痛い」とアピールするセシエル。


 シルフィが小声で聞いてきた。


「何だか平和なところだね」


 ツィアも同意する。


「確かに平和だな。そして、簡単に破られそうに見えない」



 仮にビアニー軍がハルメリカと対戦するとなった場合、どうなるだろうかとツィアは想像した。


 前線にネリアムとシェレークがいる。ビアニー軍には個人で勝てる見込みがある者もいるが、圧倒的優勢は確保できないだろう。


 陸では優勢だとしても、ビアニーは海軍が弱い。


 海の方からは一方的に攻撃を受けるはずだ。その指揮官にセシエルがついていれば更に苦戦するだろう。


 しかも、その傍らにエディス・ミアーノがいる可能性が高い。


 海から数十人、数百人が吹き飛ぶような攻撃を連発されれば、いかに最強のビアニー兵といえども士気が続かない。


(セローフの協力は絶対に不可欠。セローフ海軍をエディス姫の生贄にするくらいの意識でないと、とても勝てないだろうな……)


 将来的にそんなことがないことを願いたいものだ。


 ツィアがそう考えているところに、伝令らしき者が走ってきた。


「どうしたんだ?」


 セシエルの問いかけに、伝令が汗にまみれた顔をあげる。


「灯台からの報告です! ネーベル海軍が二日半の距離に接近しているところを見たとのこと!」


「……分かった」


 セシエル達の緊張感が否応にもなく増していく。


 戦いの時は近いようだ。

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