第6話 ホヴァルト流の前祝い

 一行は山の上へと登っていく。


 頂上を見ると雲の上にある。そこまで行くと相当辛そうであるが、幸いそこまで行くことはない。中腹地点が大きく切り開かれており、そこに集落のようなものがある。


「このあたりがホヴァルトの中心地だ。見た目は狭いし、人数も少ないのだが、ここにいる連中は頼もしい奴らばかりだ」


 ジュニスが自信満々で言う。


 本人も認める通り、確かに国の中心地と言うにはあまりにも狭い。住民はせいぜい300人くらいであろう。


 しかし、ジュニスが「集まれ」と声をかけると即座に200人ほど集まってきた。練度が高いのか、規律意識が高いのかは分からないが油断できない存在のようだ。



 そうして集まった凛々しい顔をした壮年の男女たちにジュニスが宣言する。


「俺がこのホヴァルトを統一して一年あまり、いよいよ低地に進出する機会が来た!」


 大勢の者が「遂に!」とか「やった!」と喝采をあげる中、前の方にいた小太りの男が慌てて進み出て来る。


「陛下、機会が来たと言うのはどういうことですか? しばらくは対ビアニーのプロパガンダを流して、様子見するのではなかったのですか?」


 ジュニスは哀れみに満ちた視線を、小太りの男に向ける。


「ライナスよ。そうした惨めな日々は終わったのだ」


「いや、勝手に終わらせないでくださいよ。王妃様からも陛下に何か言ってくださいよ」


 ライナス・ニーネリンクはそう言ってルビアを見た。この王妃はジュニスを制止する役割を担っていたのだろうが、ルビアは申し訳なさそうに顔を伏せるだけだ。


「ライナス、もう終わってしまったのよ。せき止めていた水は低地に流れ出してしまったわ」


 一旦、川の水が流れ出すと、もはや元に戻すことはできない。


 ルビアの言葉に、ライナスが目を白黒させる。


 そんな2人を尻目に、ジュニスが声を張り上げる。


「我々ホヴァルト軍はこれから、フリューリンクを攻囲するビアニー軍を攻撃する! そのために50人ほどの兵士が必要だが、付き従う者はいるか!?」


 たちまち、50人どころか100人以上の者が手をあげる。ようは集まったほぼ全員が我も我もと手をあげている状況だ。


「ど、ど、どうなっているのですか?」


 ライナスは訳が分からないとばかりに、再度ルビアの方を向く。


「……ライナス、覆水は盆に返らないのよ」


 ルビアは再度視線を伏して言うだけであった。



 程なく、50人の人選が終わった。


 ジュニスは満面の笑みで宣言する。


「選ばれなかった者達も気を落としてはいけない! 進む我々も戦うが、残る者達も気持ちは一つだ。共に戦うつもりで、ホヴァルトに残っていてくれ!」


「おー!」


「それでは、戦勝の前祝いとして宴会を開こう!」


 ジュニスの言葉に一同が叫ぶ。


 秘蔵の酒を出すぞ、だの、この前捕まえたばかりのヤマヒョウの肉を差し出しますだの、威勢の良い言葉が続いている。



 程なく、ジュニスの言葉通りに宴会が始まった。ジュニスについていく者、行かない者、双方が酒をくみかわし、ホヴァルトの者達のボルテージがどんどん上がっている。


 ジュニスとともにいるアルフィム・ステアリートも「頑張りましょう!」とノリノリだ。ホヴァルトの者達も美的感覚はそう変わらないようで、「ジュニス様にこんな美しい人が一緒なら負けるわけがない」と大盛り上がりとなっていく。


 そうした雰囲気になれない者も数人いる。


 その中の1人、シルフィはツィア・フェレナーデに救いを求める。


「どうするの? やばいよ? この人達、おかしいよ?」


「……シルフィちゃん、今更そんなことを言っても遅すぎるよ」


 しかし、ツィアは醒めた表情で答える。


「大きなマイナスと、大きなマイナスを掛け合わせると大きなプラスになる。そんな風に考えるしかない。それとも今から共同して彼女を亡き者にするかい?」


 ツィアが小声で言うと、シルフィが苦虫を嚙み潰したような顔をする。


「……うっ、それは嫌だ……」


「君とエマーレイは、アルフィム・ステアリートという何でできているか分からない船に乗り込み、大海へと出てしまったんだ。最後まで付き合う以外方法はない」


「そんなぁ」


 と嘆くシルフィに対して、うやむやのうちについてくることになったファーミル・アリクナートゥスはが苦笑している。


「私も、その船に乗ってしまったということでしょうか?」


「そういうことだ。諦めろ」


 ツィアが冷淡に宣言し、ファーミルは肩をすくめた。


 そこにいつの間にか顔を赤くしたライナスが近づいてくる。


「お嬢ちゃん、まだ飲み足りなくないですかぁ? 顔が暗いですよぉ?」


「うわぁ!? さっきと全然違う!」


 先ほどまでジュニスを必死に諫めようとしていたはずだが、酒を飲んで変わってしまったらしい。


「これはホヴァルトの清水で作った酒です。飲みましょう」


「そうよ! シルフィちゃんも飲んでいこう!」


 アルフィムも大きな酒瓶をもって回っている。


「ひぇぇ、お姉ちゃんも飲んでしまったわけ?」


 シルフィの問いかけに対しては。



「飲んでないわよ? 私、お酒飲むとすぐ寝ちゃうから」


 と、急に淡白な声を出した。


「あぁ、そうなんだ……」


 どうやらジュニスともども、酒など必要なく盛り上がれるらしい。

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