第6話 ガフィンとエディス・1

 近づいてみると、塔は思ったよりも高い。


 元々は北からの進攻に備えるための塔だったのだろう。


「こういうものがあるということは、ビアニーの侵攻に気を付けていたはずなのにね」


 実際は侵攻から一か月も経たずに全領土を占領されてしまったらしい。


 ビアニーだけでなく、レルーヴも協力していたというのだから、当然ではある。


 しかし、それほど広いわけでもない、強いわけでもないバーキアが何故隣接しているビアニーとレルーヴの両方を敵に回してしまったのか、あまりにもセンスに欠ける話だ。


「ピレントも滅茶苦茶だったし、バーキアの王様もいい加減な人だったんじゃない?」


 特に思うところもなく考えることを口にしているエディスだが、恐らくはそれが真相なのだろう。



 グギソン地区には警戒のための人員はいないようだったが、この塔にはさすがに見張りらしき人物が2人いる。


「どうするの?」


 エディスが尋ねてくる。


「正面から訪ねると、向こうにもセシエルが来たことを教えることになるけど?」


「それはそうだけど、完全に喧嘩別れしたわけでもないからね」


 セシエルはガフィンを完全には信用していない。


 とはいえ、敵対したわけでもない。怪しいことをしているのは事実だが、その動機まで悪質である証拠はないし、むしろ弟やメイティアの発言からは善人かもしれないと思える節もある。


 だから正面から行くことにした。


「ビアニー軍で一緒になったティシェッティ公子セシエルですが、今回、ハルメリカの使いとしてやってきました。ガフィン司教はいらっしゃいますか?」


 丁寧に尋ねると見張りの1人が「少しお待ちください」と中に入っていった。


「大丈夫かな?」


 エディスが首を傾げる。


「分からないけど、ダメならダメで別の手を考えるしかない」


「そうね」


 雑談を交わしていると、奥から複数の足音が聞こえてきた。


「これは、これはティシェッティ公子。ようこそお出でくださいました」


 別れる直前までとそのままの恰好、黒い地味なローブもそのままなら、どこにでもいそうな顔立ちもそのままだ。


「こんなところで立ち話というわけにもいかないでしょう。奥へどうぞ」


 にこやかな表情で奥へ案内しようとする。その素振りに怪しいものは何一つない。



 エディスが「やっぱり疑いすぎなんじゃない?」というような表情を向けてきた。


 セシエル自身もそうかもしれないと思いつつ、中へと招かれる。


「うん、何かしら、この臭い?」


 しかし、入った途端にエディスが顔をしかめた。


「何だろうね?」


 変な臭いなのは間違いないが、どこか記憶にある臭いだ。


 記憶をたどるうち、メイティア・ソーンのいた建物の中もこういう臭いがしていたことを思い出した。となると、何かしらの薬草でも使っているのだろうか。


 ガフィンも2人の反応に気づいたようで苦笑を浮かべる。


「申し訳ございません。何分、子供の世話をしているものでして」


「具合が悪いんですか?」


 薬草を使うということは、怪我でもしたのか、あるいは病気にでもかかったということだろうか。


 セシエルの問いかけに対して、ガフィンは「そんなものです」と曖昧に答えた。



 そのまま応接室に案内するが、ここにも薬草の臭いが微かに届いている。


 セシエルはそこまで気にはならない。既にメイティアのところで慣れていることもあるだろう。一方、エディスは気になるようできょろきょろとしている。


「バーリス港では申し訳ありませんでした」


 茶を出しながらガフィンが謝罪してきた。


「いいえ、ちょっとびっくりしましたし、できれば、あの場で弁明してほしかったですが、気にしていませんよ」


「……ひょっとしたらご存じかもしれませんが、私はネーベル南部の出身でして、四年前に妻と息子をクビオルクの一派に殺されたことがありました。司教たる者、憎悪の念を抱いてはいけないと思っていますが、どうしても許せないことはありまして」


「分かります。ですので、あまり気にはしていませんよ」


 これは半分以上本音である。


 子供達をさらおうとしていた者達を皆殺しにしたのは、行き過ぎではあるがやむを得ないとも思っていた。仮にガフィンがあらかじめ言ってきたのであればセシエルはその意思を尊重しただろう。


「そうですか。てっきり、咎めるためにやってきたものかと思いましたが」


 ガフィンの言葉にセシエルは苦笑する。


 アンフィエルに戻ったガフィンを追うようにすぐにやってきたのだ。


 咎めに来た、あるいは根に持っていると解釈されるのは仕方ない。また、実際、多少そうした気分があることも事実だ。


 とはいえ、樹海を訪ねたことも含めて、ここでは口にしないことにする。


「私はジオリス殿下の副官のような立場でした。一方、司教はソアリス殿下の軍師ですから、直接の上司が異なっています。ですので、司教が私に従わなければならない理由はありません。その部分を整理しないまま、他国の者も引き入れて作戦を作っていた私のミスでもありますので」


 そう言って、「ま、この件はもう終わったことですので」とそれ以上話さないことを持ちかける。


「今回は完全に別の用件で参りました。ここにいるエディス姫は私の従姉なのですが、ハルメリカ市長の親友でありまして、同盟国ビアニーでも屈指の農業地域であるアンフィエル周辺を調べてきてほしいと言われまして」


 既に市内ではハルメリカの者が市場調査をしています、とも付け加える。自分がガフィンを目的としてやってきたのではない、と信用させるために。


「エディス・ミアーノと申します」


 と名乗り出たエディスは、いかにも彼女らしく思っていることを口にする。


「何だか奇妙な臭いがしていますが、こちらは一体何なのでしょうか?」


「エディス、いきなりそれを言う?」


 セシエルの突っ込みに、ガフィンが楽しそうに笑う。


「いえいえ、初めて来た人は面食らいますからね。気になる状態では話にもならないでしょう。ご案内いたしましょう」


 ガフィンは立ち上がって、2人を案内するように歩き出す。応接間から、塔の奥にある階段へと向かう。


 上の階で何かをやっているのかなと思ったが、階段は下にも続いていた。


(地下?)


 怪しいとまでは思わないが、子供の世話を地下でしているのは若干、腑に落ちないことだ。

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