第7話 ガフィンとエディス・2

 階段を降りると、薬草の臭いが強くなっていく。


「随分凄いですね……」


 エディスが言う。言葉尻は丁寧だが、口調からするとイライラが募っているようだ。


「もうしばらくですので、ご辛抱いただけますでしょうか?」


 ガフィンは飄々とした様子だ。


 セシエルは無言のまま考えている。


 地下で子供達の面倒を見る、というのはやや疑問だ。


 とはいえ、最初の段階で「ハルメリカの要請で来ている」、「他にもいる」という点ははっきりと伝えている。仮にこの地下で暗殺したとなれば、ハルメリカの不信感を招くことになり、ビアニー王家の不興を呼ぶことにもなる。


(仮に害意があるとしても、ここで襲うことはないと思うけどね……)


 セシエルはそう考えていた。



 怪しいものの、害意のようなものは全く見せず、ガフィンは「こちらです」と地下の扉を開いた。


「うわっ」


 エディスが思わず右手で顔を覆った。


 気持ちは分かる。このあたりに来て、樹海にあったメイティア・ソーンの建物を思い出す強烈な薬草の臭いだ。


 そして、そこで慣れている分、半泣きのエディスよりも慣れるのも視界を確保するのも早い。


 セシエルの眼前には大きな風呂のようなものがあった。そこに緑色の液体が並々と浸されている。


 緑色の液体に浸された風呂の外べりには数人の女性がいた。その数人が入ってきたガフィンと2人の来客に視線を向ける。


「ああ、そのままでいいよ」


 ガフィンは女性達に優しく声をかけた。それで女性達は再び風呂の方に視線を向ける。


 一体、何があるのか。後方の様子にも警戒しつつ、セシエルは目を凝らして液体の中を注視する。



 何かが動いていることは分かった。こぶし大の物体が漂うように動いている。


「何なの、これ?」


 エディスも目が慣れてきたようで、覗き込む。


「子供ですよ」


 後ろにいたガフィンが答える。


「子供……?」


 2人がほぼ同時に首を傾げた。


 子供というには小さいように思った。セシエルはそれほど多くの赤子や乳児を見たわけではないが、ここまで小さい子供はそういないように思う。


 そもそも、子供が液体の中に浸かっていたら溺れてしまうのではないか。


 さっぱり分からない。だから、これを作ったものの立場になって考えてみることにした。この風呂を作ったのはガフィンだが、薬草はメイティア・ソーンだろう。彼女が樹海の中で作っていた禁呪ではないだろうが、似たようなものではないか。


(メイティアが研究していたのは強力な再生に関する術だ。この子も再生に関するものなのかもしれない……)


 とはいえ、そこからの発想が思い浮かばない。




 考えているうちに、エディスが先に思い当たったようだ。


「これは、もしかして生まれる前の子供でしょうか?」


 セシエルは「あっ」と声をあげた。


 ガフィンがニッと笑う。


「あなた方、上層におられる者にとっては関係のない話かもしれませんが、下層にいる者にとって出産というのは命懸けのことでございます。子はもちろん、母にとっても」


 その言葉を聞いて、セシエルは自分が探していた答えに行き当たったように思った。



「つまり、生まれる前の子供を取り出して、この薬草の中で育てている……?」



 出産時に事故が多いという話はセシエルも聞いている。


 いわゆる貴族や王族と呼ばれる者達の間でも、時々というくらいには事故が起きる。出産そのものが無事だったとしても、産後の状況が良くなくて亡くなる女性も多いという。


 余裕や医師を用意できる階級でもそうならば、一般の者や貧困層はもっと危険だろう。


 それで多くの者が亡くなるということは、単純に悲しむべきことでもあるし、領主にとっては生産人口が減るという問題もある。


 盗賊に妻と子を殺害され、妻子を失う辛さを知るガフィンにとってはどうしても克服したい問題なのだろう。



「……何らかの手段で、お腹の中の子供が大きくなる前に外に取り出し、この薬草の中で成長させる、というわけですか」


 セシエルの言葉に、エディスが「えぇっ!?」と悲鳴のような声をあげた。


「その通りです」


 ガフィンは満面の笑みだ。おそらく本人は素晴らしいことをしていると思っているのだろう。


 そして、それは必ずしもガフィンの妄想とも言えない。


 ここに来るまでに、多くの者が満足そうな顔をしていた。子供が沢山育っていて、死ぬ危険性が少ないのならそうだろう。


 いや、それ以上に、若い女性、つまり妻や母となる存在が危険から解放されることが最大の要因なのかもしれない。彼女達が危険から逃れるということは家族にとって安心だ。おまけに妊婦として静養する必要もなくなり、家の仕事がこれまでと変わらないという安心感もある。



 途中で母親の体から外に出された子供達はここに運ばれる。ガフィンをはじめ、手慣れた者が面倒を見るのだからここでも事故は起きないのだろう。メイティア・ソーンが工夫をして作り上げた薬草風呂である以上、ひょっとすると下手な母親よりは子供にとっても良い環境かもしれない。


 そして、ある程度成長した時点で親元に返される。


 絶句するよりほかにない。


(この人は狂っているのかもしれない。ただ、狂っていることで、誰かが不幸になるわけではないから厄介だ……)


 セシエルは眉をひそめた。


 感性としては受け入れられない。


 しかし、実際にプラスになっている部分は大きいのだろう。


 だから、完全に否定もできない。


 認めたくないが、口に出して言いづらいもどかしさを抱く。



 セシエルは助けを求めるかのように従姉を見た。


 その表情にギョッとなる。エディスは明らかに嫌悪感を露わにしている。


 認められない、という思いは自分よりもエディスの方が強く抱いたようだ。

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