第2話 丸投げには丸投げを~ライナスの国内政策
国王と王妃の現在地から西におよそ200キロ。
ゾストーフの地でホヴァルト宰相ライナス・ニーネリンクが机に向かっていた。
ライナスの現在の肩書は宰相兼商務・農務・内務・土木・教育・司法相兼任である。本人の職責を説明するより「ライナスは軍事(ジュニス)と外交(ルビア)以外全部任されている」と言った方が分かりやすいかもしれない。
従ってライナスの仕事の量はホヴァルトの山々に負けないほど高く積もっているのであるが、さしあたり、第一に向かい合わなければならないのは経済特に通貨の問題である。
ホヴァルトは山の下との交流はほとんどなかったが、150年ほど前に導入された金貨や銀貨については当時のものが使われている。
ただし、下から持ち込まれたものをそのまま使っているだけなので、その数は非常に少ない。
これをそのまま通貨として使い続けるとなると、効率が悪い。
ゾストーフの近くには銀山がある。そこを発掘して銀貨を作ること自体はできるが、ライナスは二つの理由で逡巡していた。
しばらく考えた後、ライナスはやはり銀貨は作らないことにした。
「ひとまず……」
ライナスはエレンセシリアを除く四部族で財貨管理を務めていた2名ずつを呼び出した。
何故、金貨も銀貨もさほどないホヴァルトにおいて、各部族に財貨管理係が2名ずついたのかは分からない。エレンセシリア族にいたのかどうかもはっきり覚えていないが、多分いたのだろう。他に二名ずついるのに、エレンセシリアだけ置かない理由がないからだ。
ライナスは集まった6人に端的に事実を告げる。
「結論から言うと、君達を現在の職から解任する」
当然ながら、全員が反論しようとした。それより早く、ライナスは次の言葉を続ける。
「ついては、財貨に関する代わりの業務をやってもらう」
「代わりの業務ですか?」
「そうだ。ホヴァルトは軍神ジュニス様を国王としていただき、無類の知恵者であるルビア様を王妃にいただいた。当然、ホヴァルトの将来の繁栄は約束されている」
全員、「そうですね」と頷く。
「もう少し具体的にいうと、少なくとも五年以内にはホヴァルトは下の世界にも大きく領土を広げることになる。その際に陛下と王妃様を戴いた栄光ある金貨と銀貨を作ることになっている。現在使われている金貨銀貨は記念品以上のものにはならないので、君達は不要となる。分かるかな」
「……はあ、まあ」
それでも、仕事がなくなるということに関しては不満そうである。
「ただし、陛下と王妃様をいただく新生ホヴァルトは既に存在している。つまり、新しい金貨と銀貨は今時点でもすでにあると考えてもらいたい。商売や取引はどんどんやってもらって構わないし、建設などもどんどん進めてもらう。そうした商売のやりとりを帳簿に記録し、作成するのがおまえ達の新しい仕事だ。おまえ達の記録を元に数年後、皆に金貨や銀貨を配ることとする」
金貨と銀貨をなくすので、今までの財貨管理はしなくてよい。
ただ、近未来に鋳造する新貨幣の保持に関する記録を作成してほしい。それはつまり、財貨管理係の仕事であることに変わりがない。そういう説明だ。
「ははっ、分かりました」
6人は分かったような、分からないような顔をしたが、反対すると解任の事実だけが残る。首を傾げながらも引き受けて下がっていった。
6人が引き下がったところで、ミリム・サーレルが近づいてきた。
王妃ルビアの兄であり、サーレル族の元族長であったということで、ジュニス不在時は代理のような立場にある。
「新しい金貨や銀貨を作るのはそんなに大変なのか?」
ミリムの問いかけに、ライナスは首を横に振った。
「いいえ、やろうと思えばすぐに出来ます」
「なら、何故あんな話を?」
ライナスはそこで二つの理由を説明した。
まずは、鋳造のための人員を割くのがもったいないということである。銀貨を作るのは至難ではないものの、すごく容易というわけでもない。純度や規格を統一しなければならないし、それなりの意匠を凝らす必要がある。
「そういうことができる人員には、現時点ではもっと有意義な事をやってもらいたいということが一つでして、もう一つは」
実際に金貨や銀貨がある場合、盗みや詐欺などが生じる可能性がある。
貨幣自体の流通がほとんどないのに管理係が存在するということは、そうしたトラブルが多かったことを意味している。
「しかし、金貨や銀貨がないのなら盗みようがありません。帳簿を盗んでも本人の利益にはなりませんしね」
総じて、とライナスは結論を述べる。
「金は便利なものではありますが、今言いました理由を含めた何点かの点で、形となした場合にかえって不都合が生じうるということがございます。ですので、これを避けたいのですが、そうなりますと金が存在することを裏付ける信用が必要になります」
通貨はまだない。しかし、そのうち作る。
こんな言い方で信用されるかというと、普通は信用されない。
しかし、そのための抜け道がある。
「陛下の信用か……」
「その通りです」
ホヴァルトは大丈夫なのか?
そう聞かれた時、大抵のものは大丈夫だ、と答えるはずだ。その根拠はジュニスの強さと、ルビアの悪知恵である。
だから、存在しない通貨の信用もジュニスとルビアに丸投げする。
国王から任務を全て丸投げされた代わりに、国王に信用を丸投げして国家を運営していく。
このやり方で、ライナスは当面の原資と人手を確保し、国内の整備を進めていくのであった。
まとめ:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818093083172753050
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