第9話 ガフィンの助言

 爆発しそうなエディスとともにこれ以上いるわけにはいかない。


 セシエルは頭を下げて、立ち去ろうとしたが、そこで「あぁ、そういえば……」とわざとらしい言葉を受ける。


「ハルメリカといいますと、私の知人がバーリスにいるのですが、少々厄介なことになりそうです」


 さすがに振り返らざるを得ない。


「厄介なこと?」


「ビアニーが占領したことで、ネーベル水軍は解体されることになりました。ただ、これに伴い職を失ったものが大勢いるようです」


「海軍の兵士達が、ということですか?」


 それはありえる話である。バーリス港にもネーベル海軍の姿はなかった。ビアニーが占領した以上、ネーベルの海軍が存在しているというのはおかしい。お払い箱となるだろう。


 ソアリスなら細かいところまで配慮したかもしれないが、バーリスにいるのは目先の金にしか興味のないウォリスである。


 国軍総司令官のユーギット・パメルですら謹慎状態にあり、さしたる報酬が約束されているわけでもないのにホヴァルトのジュニスについていってしまった。となれば、海軍の一般兵はより苦しい状況に置かれているだろう。


 もちろん、多くの者はプライドをもって次の職を探すだろうが、規律意識の低い面々が海賊行為を働いたとしても不思議はない。


「クビオルクと組んだのでしょうか?」


「それならわざわざ貴方達に教える意味がありませんよ。私の知るところによると、セローフと組んだようです」


「セローフと?」



 セシエルは目を丸くした。カッカしていたエディスは「一体何のこと?」と目を白黒させている。


「セローフといっても大公のトルファーノ・オルファシアではありません。その息子ロキアスの方です」


「ロキアスというと、大公の息子の?」


 レルーヴ大公トルファーノにロキアスという息子がいることはセシエルも知っている。


 聞くところによると大層な美男子らしい。


 ただ、縁談には困っているようで、幼少の時にオルセナ王女と婚約させようとしたら王女が病死したらしいし、他にも2件ほど潰れたらしい。一説にはセローフと並ぶレルーヴの大都市ハルメリカの市長代理ネミリーとの間に話をあげようとしているとも言われている。


「その通りです。彼がハルメリカを狙っているという噂を、聞いています」


「……まさか」


 とは思うものの、セローフとハルメリカはレルーヴの2大巨頭である。


 当然、互いをもう少し弱めたいと思っていても不思議はない。レルーヴ大公は立場的にそんなことはできないだろうが、その息子であるロキアスが嫌がらせを仕掛けてくる可能性は否定できない。


「……分かりました。戻って調べてみます」


 そう答えて、「どういうこと?」という顔をしているエディスを連れて、地上へと上がって行った。



 塔を出てしばらく歩いて振り返ったが、特に誰かがついてくる気配はない。


「どういうことなの?」


 エディスが苛立った様子で尋ねてくる。


「ネーベルの海軍がロキアスに雇われて、ハルメリカ港を攻撃するかもしれないって」


「えっ、そんなことをするの!?」


「それはちょっと分からないんだよねぇ」


 正直、あまり賢い話とは思えない。


 というのも、5か月前、ネーベル軍はバーリスに籠城し、海軍が港を防衛していたはずであるが、ハルメリカも含めたレルーヴ海軍がネーベル海軍を撃破して、ネーベルは降伏した。


 つまり、ネーベル海軍はハルメリカ海軍に勝てないはずである。それなのに今になってハルメリカまでわざわざやってきて攻撃を仕掛けるというのは理解できない。


「もしかしたら、セシエルはあの人に騙されたんじゃないの?」


 反感が強いのだろう、エディスは考えること全てがガフィンに対して悪い方に向くようになった。


「可能性はゼロじゃないけど、この点では彼が僕達を騙す理由があまりないのも確かなんだよね」


 ガフィンは色々後ろめたいことをしているから、詮索されたいとは思っていないはずだ。今、仮に変な嘘をついて自分とエディスの不信感を募らせた場合、彼に取ってもっとも嫌な詮索されるということになりかねない。わざわざそんなリスクを冒したいとは思わないはずだ。


「セローフがネミリーのことを厄介に思っているのも事実だろうし、嫌がらせとしてありえなくはない」


 仮に勝てないとしても、港を緊急事態に陥らせるだけでも価値はあるかもしれない。セローフの軍を動かせば大事になるが、ネーベル海軍であれば全滅させたとしても「知らぬ、存ぜぬ」で押し通せるかもしれない。


「まあ、幸いにして一緒に来たのはネミリーの側近2人だ。何かしら情報があるかもしれないよ」


 再度、道を振り返るがやはり誰もついてこない。


 それを確認してか、エディスが文句を言い出す。


「一体、何なのよ、あの人? 信じられないんだけど?」


「でも、このあたりは生活に余裕のない人が多いから、やむをえないと思う人もいるのかも」


「もしものことがあったらどうするつもりなのよ!?」


「……でも、母親になる人もストレス負ったり、うっかり転んだりする可能性もあるからああいうのも一つの手なのかも。痛あぁ!」


 胸に強烈な頭突きが飛んできた。魔力などは込めていなかったようだが予想していなかったので三歩のけぞり尻もちをつく。


「一体どっちの味方なのよ!?」


「べ、別に敵、味方って問題でもなくない?」


 賛同はできないが、子供が成育しやすい可能性があるかもしれないのも事実である。少なくとも、いきなり頭突きを食らうのは納得できない。


「セシエルみたいな考え方していたら、きっと子供は卵で生まれるわね!」


「何で!?」


 エディスの一方的な断言に面食らいつつも、「卵で生まれるなら温めればいいんじゃないか?」と思い返す。


 ただ、そう言い返すと、今度は本当に投げ飛ばされかねない。セシエルは身の安全のために黙っておくことにした。

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