第7話 メッセージ
「古オルセナ語というのは、昔、オルセナと四大公国で使われていた上層階級の言葉で、古代の資料なり石碑には使われているらしい。まあ、勉強の場以外で見たことはないけど」
「ということは、魔道士には分からないってこと?」
「恐らくそう思って書いたんだろうな。何々……」
ツィアは文章を読み始める。
これを読める者が誰かいるのか分からない。トレディアにはいないはずだ。
読める者の目につく可能性があるのかどうか。可能性は極めて低いが、そんな可能性があると信じて書くこととする。このまま何も残せずに死んでいくのかと思うと、心が耐えられないから、だ。
「トレディアにはいないの?」
シルフィが驚いた。
四大公国の中にトレディアは入っているはずだ。
「……今、使われている言葉とは全く別系統で難しいからね。ビアニーでも読めるのは俺とライリス兄上くらいじゃないかな」
続きを読み始める。
大公リッスィ(俺の祖父でもある)がオルセナと関わりを求めていると聞き、助力を求められた。
だが、行ってみると俺の想定とは全く違うことで、オルセナとの関わり合いを持とうとしていた。オルセナは奴隷の販売を通り越し、人を兵器に変えることを目論んでいるらしい。
「……大公は予想通りだけど、サルキア殿下の想定していたオルセナとの関わりって何かしら?」
「うーん、エディス・ミアーノのことじゃないかな。ジオリスが、サルキア公子とエディス姫が婚約していたと言っていたし」
「……」
藪蛇をつついてしまった、シルフィがそんな慌てた顔をしている。
トレディアはもちろん、ベルティも内戦になっていく。
ガイツリーンも戦闘が激化していけば兵力がいくらでも必要になっていく。怪物のような兵士が戦場を歩くなどということはあってはならないことだが、どういう理由かは分からんが、大公もその野心に飲み込まれてしまったようだ。
「……怪物みたいなのって、アロエタで見かけた、アレだよね?」
「そうだろうね。あれは失敗だと思うけれど、成功したものも不気味さは変わらないだろう」
このメッセージがいつ陽の目を見るかは分からないが、もしトレディア大公がリッスィ・ハーヴィーンのままであるならば、グルケレス・ハファドコーレスという男に注意してもらいたい。奴こそ、このトレディアに死をバラまこうとしているものであり、大公を惑わしている元凶だ。
「……グルケレス・ハファドコーレスね。明日調べに行くわ」
「魔道士だから、不可視が効かないかもしれない。気を付けて調べてよ」
ツィアの言葉に「了解」とシルフィが右手をあげる。
俺は自分のことをまあまあ有能だと思っていたが、こうもあっさり毒を盛られて死にゆくところを見ると大した存在ではなかったらしい。
とはいえ、自分が愚かだったということだ。仕方がない。
自分の人生は自分が選んできた道だ。だから、そこに後悔はないが、婚約までしたエディスに何もしてやれなかったことだけは悔やまれる。
自分の立場を固めたいという思いもあったし、危険な立場にある俺が中途半端に関与してシルヴィア・ファーロットのような不幸な立場にしたくない思いもあった。しかし、死を前にした今、もっと一緒にいたかった、彼女を感じたかったという思いでいっぱいだ。
繰り返しになるが、それだけが悔やまれる。
そこで文が途切れていた。以降のページには何も記されていない。
ここまでが彼のメッセージということだろう。
「字が乱れているわけでもないから、死の直前に書いたわけではなく、毒を盛られたと気づいてある程度心境を整理して書いて、その後に死んだということなんだろうな」
「……どうする?」
「少なくとも、ガフィンに端を発した研究を広げさせるわけにはいかない。サルキア公子の仇を討つというわけではないが、グルケレスという男を抹殺する必要はあるだろう」
「大公はどうするの?」
グルケレスを倒せば研究そのものは一旦止まるだろうが、大公が大公妃の復活を夢見ている以上、別の手立てで研究を再開する可能性がある。シルフィはそれを危惧しているようだ。
「さすがにビアニー王子の俺がトレディア大公に手出しするわけにはいかない」
「オルセナ王子は殺したし、王女も殺そうとしているのに?」
「四大公国とオルセナは別だからな」
シルフィの鋭い質問に対して、ツィアは完全に開き直った答えを返す。
「他勢力に大公の脅威をもう少し広めるべきかもしれないが、問題はグラッフェもキールもそれほど信頼が置ける感じでもないんだよな……」
「世間の噂だと、弟のキールの方が若干良いらしいけどね」
「それは間違いないだろう。兄と弟の勢力が互角ということは、普通弟の方が優秀だから、だ。ただ、キールが改善のために動いてくれるかどうかは分からない」
ツィアは大きな溜息をついた。
「だから、グルケレスは始末するが、それ以上は動けないな」
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