第14話 セローフにて・3

「ティシェッティ公子、スイールは大きな勘違いをしている」


 セシエルがティシェッティ公子であると分かって、ロキアスの態度は多少改まったが、それでも「俺が上だ」という様子に変わりはない。


「ハルメリカがスイールとの取引が多いのは、一重にルーティス家の環境にある」


「……と申されますと?」


 セシエルは慎重に聞き返しつつも内心では「おおっ」とワクワクしていた。


 大公の息子がルーティス家をどう思っているのか。


 その正確なところはネミリーも分からないだろう。これはかなり大きな話のタネになるに違いない。


「ルーティス家の総帥ネイサンが一年前に死んだ。その跡継ぎとして兄と妹がいるが、ハルメリカの実権は妹が握っている」


「……そうなのですね」


 ネミリーが実権を握っている、という評価は正しいだろう。


 ただ、恐らく握りたくて握っているわけではない。ネリアムが統治をするつもりがないからやっているだけだ。


「妹はネイサンの財産の大半も相続したから、このアクルクアで一番の大金持ちだ。だから、その地位を狙って、皆がハルメリカと取引をしているというわけだ」


「なるほど~」


 セシエルはポンと手を叩いた。


 呆れも三割くらいあるが、本心からの「なるほど」も七割はある。


 セシエルにとってネミリーは従姉の親友であるから、かなり身近な立場である。だから、基本的には身内として考えてしまう。


 他者から見ると、確かにそういう風に見えるのかもしれない。ロキアスの言うように「皆がそう思っている」ということはないが、そういう意識でネミリーに接近している者がゼロということはないだろう。そういう点では新鮮であった。


「ハルメリカと取引をして、多少の損をしたとしてもよしんば結婚にこぎつければ、妹を傀儡にして実質上ハルメリカの支配者になれるからな」


(ネミリーを傀儡!?)


 思わず叫びそうになった。


 考えられないことである。そんな無謀なことを試みる男が本当にいるのか、いたらどんな目に遭うのか、考えるだけでもハラハラする話だ。



 その後もしばらくロキアスのハルメリカへの文句が続く。


 セローフの総意であるかどうかは別にして、ロキアスはそう思い込んでいるらしい。セローフと自分が劣っているわけではない。ハルメリカが狡猾なだけなのだ、と。


 ロキアスを含めて多くの者が酔っている。セシエルは酒を飲まないので水に果汁を含ませたもので付き合っているが、どうもセシエルだけは酔っていないということにも気づいていないようだ。


「……ハルメリカの連中は、今になってオルセナの王女が生きているなんてことも言いだしていやがる」


 と憎々し気に言い放つ。


 オルセナ王女がどうこう、というのは先ほども聞いた。


(ネミリーがそういう情報をバラまいているのかな?)


 オルセナのことはセシエルには分からないが、レルーヴにとっては隣国である。何か知っていても不思議はない。セシエルにしてもエディスにしても、ネミリーが何をしているか全てを知るわけではない。


「オルセナの王女が生きていると何かまずいのですか?」


「当たり前だ」


 ロキアスの言葉は呂律も怪しくなってきている。


「俺もガキだったが、王女が生まれれば、俺と結婚するはずだったんだ。だが、生まれてすぐ死んだらしい。それなら仕方ないということになったが」


「あぁ、今になって生きているとなると、大公子の沽券にかかわるわけですね。本当に生きているんですか?」


 生きているのに死んでいると言うのは随分大胆なことである。


 下手すると、それだけでレルーヴがオルセナに宣戦布告することになりかねない。


 そんな危険を冒してまで、オルセナが「死んだ」なんて言うのだろうか、にわかには信じがたかった。



 オルセナのことも気にはなるが、これだけ色々なことをペラペラと話しているのなら、あるいは一押しすれば、ネーベル海軍のことも話すかもしれない。


 直接聞くのはまずいので、セシエルは少し遠巻きに尋ねてみた。


「大公子閣下、私は実は少し前までビアニー軍にもいまして、ネーベル攻撃にも参加していたんですよ」


「ハッハッハ」


 何やら楽しそうに笑う。


「ビアニー軍はデカい奴ばかりだから、おまえのようなチビだと苦労しただろう?」


 少しムッとなったが、事実ではある。


 セシエルは小さいわけではないが、長身ではない。身長を理由に王位継承権を拒否されたウォリスとほぼ同じ背丈である。


「確かに私はあまり大きくありませんので、苦労はしましたけれど、ビアニー軍が強かったですし、バーリスとは戦争にもなりませんでしたからね」


「当たり前だ。ネーベルの海軍はレルーヴがやっつけたんだからな」


「はい、その通りです」


「まあ、だけど、そういう奴らにしても使い道はある」


 セシエルは問いこそ発しないものの「どういうことですか?」という顔を作る。


「ちょっとした威迫には使えるんだよ」


「へぇ……」


 セシエルは「また失敗してしまったか」と思った。


 これほど簡単に機密事項とも思える話をするのなら、エディスに聞き耳を立てさせるか、誰か別の者を連れておくべきだったと思ったのだ。

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