第5話 酒場の噂・1

 フィネーラに言伝をした後、2人はヴァトナでハルメリカへと移動した。


 ルーティス家の屋敷に戻ると、執事のコロラ・アンダルテが駆け寄ってくる。


「ネミリー様、ちょうど良いタイミングでした」


「どうかしたの?」


 コロラは彼女の父ネイサンに見出された存在であり、ネリアムが全く役に立たない以上、事実上ハルメリカのナンバーツーであり、多少のことは単独で決めてしまって構わない権限を有している。


 そのコロラをして、「ちょうど良いタイミング」ということは、彼が扱いづらい案件が生じているということだ。


 タイミングもタイミングである、エルリザの件とも関係があるかもしれないと思ったが……


「二日前から、妙な話がハルメリカ市内を駆け巡っております」


「妙な話?」


「ガイツリーンの件です。ビアニー軍が良からぬ研究をしており、ネーベル軍がそれを補佐するため盗賊団を結成してステレアの領民を虐殺しているとか……」


「そうなの!?」


 先に反応したのはエディスの方である。


「そういえば、オルセナにいた時も、何とかって街で多くの人を虐殺していた集団がいたわ。あれもひょっとしたらガフィンの一味?」


「何とかって街……ね」


 そこは一番肝心なところでしょ、と苦笑するネミリーが一旦エディスを抑える。


「エディス、落ち着いて」


「……いたるところで虐殺とか起きているのかしら?」


「……だから落ち着きなさい。オルセナの虐殺の話がオルセナに広がっているのはともかく、どうしてステレアの話がここハルメリカまで伝わっているわけ? ジオリスやエリアーヌからの話は何もないのに」


「あっ……」


 確かに、ハルメリカに情報が伝わってくるとすれば、まずはジオリスやエリアーヌ、あるいはピレントにいるネミリーの部下からの連絡が早いはずだ。


 そうでない情報が、根拠もなく広まっているのはおかしい。


 エディスもそこは理解する。



「……察するに、その情報は攻撃されているステレア側からの話でしょう。ハルメリカだけでなく、セローフやゼルピナにも情報を広めて、ビアニーへの協力をやめさせようとしているのだわ」


 ステレア王都フリューリンクは堅牢な要塞と聞いている。


 仮にビアニー軍が攻撃をしてきたとしても、簡単には陥落しないだろう。


 ただ、今のビアニーはピレントの食料提供もあるし、長期戦にも耐えられるはずだ。


 そうなるとステレアは苦しい。だから、ビアニーへの不信感を植え付けるべく事実を誇張した噂を広めているのだろうと思った。


 安易に乗ると、ステレアの思い通りとなる。


「……とはいえ、ガフィンなる男の目論見は中々無視できないものがあるようだわ」


 執事のコロラに詳しいことを説明した。さすがに渋い顔つきになった。


「そんなことがあるのですか」


「だから、その噂は全く間違いではないのだろうけれど、全部が信用できるものでもないと思うわ。あ、そうそう」


 ネミリーはポンと手を叩いた。


「コロラ、悪いけど、エディスを連れて酒場で噂を集めてきてくれる?」


「酒場ですか?」


「そうよ。一番噂を広めやすいのは酒場か広場でしょ? もうしばらくすると、夕方だし、エディスを連れて食事しながら話を聞いてくれないかしら。あ、エディスはもちろんフードをかぶってもらうけど」


 酔っ払いの多いところに、エディスのような美少女が入ってくればナンパ合戦が始まり、噂どころではなくなるだろう。だから、素性を隠して行けということだ。


 そうなると、フードを被った怪しい人物が酒場に入れるかという問題があるが、そこは市のナンバーツーであるコロラがいるから不問となる。


「残念ながら、この件に関してはエディスの方が詳しいみたいだから、エディスが聞いた方が良いと思うの。残念ながら」


「何で、残念ながらって繰り返し言うのよ?」


 エディスが不満そうな顔を見せるが、ネミリーは「だって、その通りだから」と全く悪びれない。



「全く……」


 ブツブツ文句を言いつつもエディスは結局フードをかぶって、酒場に入り込んでいた。


 その正面にはコロラが座っている。


「申し訳ありません、エディス様」


「いえ、別にいいんですけれど……。ネミリーは本当勝手なんだから」


 しぶとく文句を言っていると、早速酔客がコロラに近づいた。少し離れていても分かるくらいに息が酒臭い。


「おぉー、コロラさん。ここで見かけるなんて珍しい」


 どうやら、コロラの知り合いであるらしい。


「いや、ビアニーとステレアの件で妙な噂があると聞いてな、実際に聞きに来た」


「そうなんだよ。さっきまさにその話を聞いたんだが、中々酷いらしいな。人体実験などをしているって話らしい」


「人体実験とは、具体的にはどのようなものだ?」


「表向きには人を生き返らせるために、ということだが、実際には何らかの兵器にするつもりらしい」


「兵器?」


「死んでもしばらく暴れるような存在にするらしいんだ」


「……それはまた、本当なら由々しき事態だな」


 コロラがエディスに視線を向けた。「ありうることだろうか?」という確認のようだ。


 エディスは無言で頷いた。


 それだけでも物騒な話だが、男の話はまだ続きそうだ。

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