第12話 ハルメリカでの総括

 7月9日、エディスとパリナはハルメリカに戻ってきた。


 ゼルピナ軍が大敗したという事実に対するネミリーの反応が気になったが、既に大方のことを知っているらしい。一見すると非常に落ち着いた様子で迎えてきた。


「トレディアはどうだったの?」


「何ていうか、殺伐としていた感じねぇ」


 エディスは正直な感想を伝える。


「ユーノの近くで腐ったリンゴを出されるし、ピリピリした雰囲気だし。サルキアがあんな変な性格になるのも理解できたわ」


「あんな性格ねぇ」


 ストレートな物言いに、ネミリーは苦笑する。


「でも、お兄様みたいにいつまでも反省も学習もしないのよりはマシじゃない?」


「そんなことないわよ。聞いてよ」


 と、エディスはスラーンでのハンカチの顛末を説明した。


「……今になって思うんだけど、一応さ、私とサルキアって許婚みたいな間柄でしょ。今更、愛の証とかいらなくない? それをくれっておかしくない? つまり、私が浮気するかもしれないってことでしょ。冗談じゃないわよ、そもそもサルキアも含めて誰も好きじゃないんだから」


 色々溜まるものがあったようで、一気にまくしたてる。



「アハハ……」


 再度苦笑いを浮かべて、ネミリーは少し考える。


「私もエディスに教訓垂れるほど、男女のことには詳しくないけど、やっぱり何度も確認したいって人もいるんじゃない? ウチのコロラなんかも毎朝、奥さんに愛しているよとか言っているらしいわよ」


「そうなの? というか、あの人結婚していたの? いつもネミリーの背後霊みたいにくっついている印象だったけど」


 エディスの驚く理由に、ネミリーは肩をすくめる。


「それは結婚しているわよ。無駄に鍛えているから若く見えるけど、もう31よ。子供も2人いるんだから」


「そうそう、あの人、無駄に体格がいいわよねぇ。逆にヴァトナの船長のエルブルスさんは棒っきれみたいに細いから、少しお肉をあげればいいのに」


「それを言うならエディスにも……」


「……あぁ!? 今、何か言った……?」


 エディスは地獄の底からの怨念のような声をあげ、じとっとネミリーを睨む。


「あ、いや、今のは失言……じゃなくて、言い間違いよ」


 言ってはならないことを言ったと理解したようで、ネミリーにしては珍しく即座に訂正する。



 エディスもあまり気にしなかったようで、再度トレディア大公家の話に戻る。


「でも、祖父と息子2人が争っていて、更にサルキアもその父と争っているって、何でそうなるのかしらねぇ。私なんかは家族仲が良いから、どうしても信じられないんだけど」


「権力が絡むとそうなるのよ。散々馬鹿にしているけれど、市長という権力を無視して無駄な努力をしたがるお兄様みたいなのは例外だから。あっ」


 ネミリーは何か思い出したらしい。


 机の引き出しから、手紙を出した。


「家族の仲が悪いという点では、セシエルがビアニー王家についても伝えてきているわ」


「えっ、ビアニー王家も仲が悪いの?」


「……というか、1人だけ滅茶嫌われているのがいるみたいなの。それについて、セシエルがびっくりして伝えてきたわ」



 自分で確認しろとばかりに、ネミリーはエディスに手紙を渡す。


 確かにセシエルの文字でピレントとアッフェルの近況を伝えてきている。


 ビアニーの第四王子にして、ピレント遠征の総司令官だったソアリス・フェルナータが許婚の難病を治す薬を求めて離脱したということと、その兄・第三王子のウォリス・ネーベルがやってきたことを書いている。


「何でビアニーってセカンドネームが兄弟でも違うのかしら?」


「あれ、前に言わなかったっけ? ビアニーの人は自分に縁故のある地名を真ん中にいれるのよ。出身地とか現在の住所地とか。ウォリスは今までそうした地名がなかったけど、今回ネーベルの統治を任されたからその名前がついたのよ」


「そうなんだ……。えっ!?」


 セシエルの書いてある内容を見て、エディスも目を丸くする。


「お母さんにここまで言われるのって、酷すぎない?」


「……でも、セシエルがこういうところで嘘をつくとも思わないでしょ?」


「それはまあ……」


 エディスは思わずうーんと唸り声をあげる。


「ビアニーは盤石なのかなと思っていたけれど、このセシエルの手紙を見ていると不安になってくるわね」


「そうねぇ。でも、エリアーヌはビアニーが勝ってくれないと困るんでしょ?」


「もちろんよ。私だって、セイハンを含めて20人も派遣したんだし、今更ネーベルの支配に失敗されたら大損よ。損自体はいいんだけど、これはさすがに困るわね」


 ネミリーは溜息をついた後、真顔でとんでもないことを言いだす。


「トレディアのように身内同士で殺し合うとか、ビアニーみたいに一部の身内をけなすのは良くないけど、多少の厳しさは必要なのよ。私ももう少し、お兄様に厳しくする必要があると思ったわ」


「いや、それは絶対に違うから……」


 ネミリーと言い合いになった場合、大体はネミリーの言うことが正しい。


 それを理解しているエディスであるが、今の言葉は聞き捨てならなかった。

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