第11話 調査再開

 二日後、エディスはスラーンを去り、いつもの生活が戻ってきた。


「コスタシュ……」


 サルキアはコスタシュを呼び出して、巻物を渡す。


「何だ、これは?」


 開いたコスタシュは、それがオルセナの地図であることに気づく。


「この前の件だが、一応、調査してくれるか?」


「うん、エディスのことか?」


「あぁ、実際に使うかどうかは別にして、カードは多めに持っておいた方がいい」


「分かった」


 コスタシュは頷きつつ、首を傾げた。


「しかし、もう少しスマートにアプローチできないものかね?」


「どういうことだ?」


「いや、エディスのことだよ。俺がサルキアの立場だったら、もう少し楽しい話をしたり和気あいあいとしたんじゃないかと思うけどなぁ」


「……」


 サルキアはソファに深く腰掛ける。


「おまえだったらそうするのかもしれないし、セシエルならもう少しほんわかアプローチするのかもしれないが、俺は勝てなかったら死ぬ身だ。エディスがトレディアの娘ならともかく、他国の貴族だ。中途半端に接近しても仕方ない」


 トレディア大公もしくは父親の代わりの勢力くらいになれば、堂々と迎えに行けばいい。そうでなければおそらく死ぬ。


「……エディスのライバル、と言っていいのかな。シルヴィア・ファーロットは南のフンデの領主の娘だ。トレディアとも交流があったから3、4年ほど前はそれこそ南部は凄かったらしいし、この近くからも求婚しに行った連中がいたらしい。合計すると50人くらいかな」


「それで?」


「結局彼女はフンデの別の領主と結婚したが、そいつは半年も経たないうちにアプフィ火山の噴火で死んでしまった。たったの半年だ。17歳が17.5歳になったくらいかな。前回シルヴィアに求婚した者で、再度彼女にアプローチした者は3人だったらしい。それだけ価値が下がるということだ」


「そんなに変わるものなのかねぇ……」


「本人は変わらんだろうが……」


 仮に同じ立場なら、サルキアも断るだろう。


 個人的な感情も多少はあるかもしれない。やはり一度袖にされた相手に対して、もう一度接近するというのは、相手のことを余程好きでないことには難しい。


 ただ、それ以上にスラーンの人達の気持ちというものがある。一度、他の相手を選ばれてその相手の死後に再度申し込むというのは、自分の地位……ひいては自分の住む地域の格を卑下することになると考えるものは少なくないだろう。


 自分を貶めてまで再度求婚ができるか、と言われると難しい。




「……俺がトレディアの内戦で失敗して死ぬこと自体は仕方ないが、死んだ後にエディスに迷惑をかけるわけにもいかんだろ」


「なるほど。サルキアはサルキアなりにエディスを大切にしているから、そうしたことまで配慮していると」


 ちょっと意外だ、コスタシュはそんな顔をしている。


「そういうことだ。ただ、俺は最終的には勝つとは思っているし、時間の問題というくらいの認識だが、な」


 エディスから渡されたハンカチを手にする。


「とはいえ、何も無いというのも癪だから、ハンカチくらいは貰っておくかと思ったわけだ」


「ああまで大仰にやらなくても良かったと思うが」


「うるさい。それより、オルセナの件は頼むぞ。繰り返しになるが、使うかどうかは決めていない。ただ、俺も、おまえもそうしたことを知っておいて損はないだろう」


「分かっているよ。俺も気になっているし」


「誰か連れていくか?」


 オルセナは治安が悪いという。


 コスタシュは魔道能力を含めて十分な戦闘能力はあるが、1人では危険かもしれない。


 サルキアの申し出を、コスタシュは苦笑しながら断った。


「人の少ないスラーンから引っこ抜いたら、おまえが困るだろうし、後々恨まれるかもしれんからな。行きもここまで1人で来られたわけだし、問題ないさ。場合によっては、ハルメリカで雇ってもいいわけだし」


「分かった。気を付けて行ってくれ。送別の会でも開くか?」


「そういうものはエディスがいる時にやってほしかったよ。男2人で送別も何もないだろ」


 やっぱりおまえはそういうところがちょっとズレている。


 コスタシュは笑いながら言った。



 次の日の朝、コスタシュはスラーンから東へと去っていった。


 1人残された部屋で、サルキアが別の地図を取り出し、腕組みをして独り言をつぶやく。


「俺がうまくいけば、ハルメリカが支援をする。そうするとハルメリカがセローフのレルーヴ大公に対して優位に立てる。レルーヴ大公が弱体化すれば、オルセナは持ち直す。そうなると、好循環が回るかもしれないが、そううまくいくことかどうか……」


 楽観的な見通しを立てた後、一転して悲観的なことも口にする。


「とはいえ、実際のところはそうなるまでまだ二、三年はかかりそうだ。それまでうまくいくかどうか。下手すればコスタシュが戻ってくる時までに、死んでいるかもしれんし、な」


 もっとも悲観的なことを考えて、サルキアは自嘲気味に笑う。



 結果的にサルキアの予言は当たることがなかった。


 彼だけでなく、スラーンの者がコスタシュ・フィライギスを見たのは、この日が最後だったからである。

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