第2話 オルセナに行く理由

 セシエルがフィネーラに誘いをかけている頃、エディスはハルメリカにいた。


 といっても、遊んでいるわけではない。ネミリーから近々始まるオルセナへの行程とその状況説明を受けていた。


 もっとも、後でセシエルから聞くつもりで、自身で覚えるつもりは半分もないが。



 事の発端は、セローフが一気にオルセナ方面に人を割くようになったことだという。


「この原因というのは、要はこの前、ビアニーの要請を受けてホイホイと海軍を派遣したことにあるのよね」


 ネミリーの表情には「ざまあみろ」というような愉悦感が浮かんでいるように見える。


「もちろん、ビアニーとレルーヴの連合軍が勝ったのだけど、セローフの海軍にネーベル海軍が五千人も降伏したのよね」

「凄い。大勝利じゃない」


 エディスは素直に感心した。五千人もの敵兵が降伏したというのは単純に凄い。


「凄いは凄いんだけど、こういうのも程度問題があるのよ」


 セローフには一万二千の常備軍がいて、八千の海軍が存在している。


 そこにいきなり五千の海軍が加わるとなると、人員過剰が過ぎる。


「その給与とか生活費がどこから出るのか、ということになるのよね」


 セローフはアクルクアでハルメリカ、ステル・セルアに次ぐ経済規模を有している。とはいえ、いきなり五千の兵士と家族の給与をポンと支払える余裕はない。


「……ということで、大公トルファーノは彼らの働き口を他所に見つけないといけなくなったわけ」


 他所に見つけると一言で言うが、きれいごとではない。


 セローフは扶養したくないから他所に出すのである。当然、生活費や賃金を保証するわけではない。そうしたものは自分で見繕えということであり、つまり、街や村から奪ってことということになる。



「それがオルセナということなのね?」


「そういうこと」


 オルセナはかねてより問題行動が多い。


 というより、問題しかない。


「国内で奴隷を集めて他国に安く売り払っているわ、少数民族にも圧迫かけて虐殺しているとかいろいろな話があるわ。半年前に王太子ブレイアンが実権を握って以来、活発に悪さをしているわね」


「何でそんなことをするのかしら?」


「端的にお金がないからよね。無駄に多いオルセナ人民を養うことができないから、周辺から切り落としていかないといけない、というのもあるわね」


 冷たい海に落とされると、人体は四肢への血流を断ち、頭と中央部への循環を増やそうとする。余裕のないオルセナは手足にかまうことができない。


「でも、手足を切り落としたら、結局何もできなくならない?」


「それが分かるほどのお利口さんなら、ここまで酷いことにはならないわね」


 国内で民族浄化をやる分には、レルーヴに直接の被害はない。


 とはいえ、オルセナのことであるから、大量に奴隷にしてしまう可能性もある。


「だからまあ、これを食い止めなければいけないというのが一つ」


「一つ?」


 エディスが目を丸くした。


 一つということは、二つ目があるということだろうか?



「……スラーンのサルキアから連絡があって、コスタシュがオルセナ領内にいるらしいのよ」


「コスタシュが? 何をしているの?」


「オルセナ王家の秘密を探っているとかどうとか」


「何でコスタシュがオルセナの秘密を探っているの?」


「コスタシュもセシエルと同じで、どこかに拾ってもらいたい立場だからね。セシエルはあちこちで能力を示して拾ってもらおうとしているけど、コスタシュは弱みでも掴んで拾ってもらおうとしているんじゃない?」


 ネミリーの辛辣な評価に、エディスは苦笑した。


「大公はかねてから、オルセナへの介入機会を伺っているわ。オルセナの弱みを探っているなんて知れば、それを先んじて取ろうとするだろうし、場合によってはコスタシュが危ないのよね」


「それを私とセシエルに止めてほしいというわけね」


「うん、2人しかいないのは不安だけどね」


「大丈夫よ」


 エディスは屈託のない笑みを浮かべる。


「セシエルが言うには、フィネがようやく国外に出る許可を貰ったみたいだから」


「……あいつねぇ」


 ネミリーが渋い顔をする。


 もちろん、セシエルとエディスの友人のことだから知っている。リアビィ家は国外渡航の許可を中々出さないので、ハルメリカに迎えたことはないが、エルリザでは何度か会ったし話もしている。


「……あれがいると、喧嘩では頼りになるけど、それ以外のところでセシエルが胃潰瘍で死んでしまうんじゃないかって不安があるんだけど」


「そうよねぇ。フィネはちょっと勝手だからね」


「……極悪コンビのくせして何を言っているのよ」


 そこまで言って、ネミリーははたと気づく。


「そういえば、今まで考えたことがなかったけれど、エディスとフィネーラ・リアビィって仲がいいうえに頭の作りも似ているし、身分も近いし、結婚の話とかなかったの?」


「ないわよ。私とフィネが結婚したら、ミアーノとリアビィが合体して大きくなりすぎるんだって。公爵家も抜いてしまうから、みんな反対するらしいのよ。だからフィネはさっさと婚約者貰っているわよ」


「えっ、あいつ、婚約者がいたの? 婚約者がいるのに、あんなに落ち着かないわけ?」


「そうなのよ。ダメよねぇ」


 エディスは自分のことを完全に棚に上げて話をしている。



 早くも先行きが不安になってくるネミリーであった。

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