第128話 悪人は、弟を他家に出すことを提案するが……

「ヒース……すまなかった。この通り詫びるから、このことは穏便に……」


ヒースをはじめとする主だったものと別室に移ったオットーは、開口一番謝罪の言葉を口にした。心の中ではモヤモヤしたものは残るが……自分の家臣が独立した伯爵の命を狙ったのだ。クーデターどうこうより、王都に知られれば、ただでは済まないのは自分たちの方だった。


「そのことは別にかまわんよ。それよりも、この後始末をどうつけるかだが……」


ヒースはそう言って暗殺未遂のことは問題にしない代わりに、いくつかの提案をオットーに行った。ひとつは、自身が侯爵領の継承者であることを内外にきちんと示すこと、ふたつはジェームスを家宰に復帰させること、そして、三つめは……


「トーマスを他家に養子に出すこと……だと?」


「何も不思議なことではあるまい。かつての父上と同じじゃよ。まあ……どこにするかはまだ決めてはおらぬがのう」


要は、自分の政略の上で、都合の良い駒にするという話だった。だが、トーマスを溺愛する二人には到底受け入れられることではない。特にベアトリスは敵意をむき出しにしてヒースを睨みつけて声を上げる。「ふざけるな!」と。


「……ヒース。ベティの様子を見てわかるだろ?一つ目と二つ目の要求は受け入れるが……三つ目、トーマスのことは許してくれないか?」


感情的になっている妻の様子にため息をつきながら、オットーは勝者となった息子に頼み込む。だが、そんな都合の良い話が通るのであれば、そもそもクーデターなど起したりはしない。


ヒースの答えはNOだった。


「なぜだ!おまえには、情けというものがないのか!?」


「そんなものは前世からありませんよ。父上もご存じでしょう?」


初めてこの屋敷に来たとき、伯父をこの手にかけて、返す刀で隠れ住んでいた従兄弟たちも井戸に毒を仕込んで容赦なく抹殺した。そのことを知っておきながら、まだ甘いことを言うこの男に、ヒースは正直反吐が出た。


「大体、情けを優先させるから、このようにお家騒動が起こったのでしょう?それとも父上は、ワシにトーマスを毒殺させたいのか?」


「ど、毒殺……?な、なぜ、そうなる?トーマスはおまえの……」


「弟……確かにそうですな。そして、家督継承の最大の障害でもある」


「!」


ヒースの容赦ない言葉がオットーの胸を抉った。それこそが、かつて兄たちが自分の命を狙った理由と同じであることに気づいたからだ。


「ヒース……その……」


「……父上。お分かり頂けましたかな?ワシは何もトーマスのことが憎くてこのようなことをしようとしているのではないのですよ」


さもなくば、本当に弟を手にかけなければならない日がやってくるのだ。そんなことを望んでいないからこそ、心を鬼にして決断しなければならないとヒースは言った。


「まあ……それでも構わないというのであれば、好きにすればいい。そのときは、一切容赦しないが……それでもいいというのであればな」


それは脅しでもなんでもない。実際に再び家督を巡る争いが起これば、ヒースは弟殺しをためらうつもりはなかった。その思いが十分に伝わり、オットーはついに白旗を上げる。


「わ、わかったよ。三つめも……」


受け入れる。そう返事をしようとしたとき、それを察知したベアトリスが悲痛な叫び声を上げて取り乱した。


「あなた!やめて!お願いだから、わたしからトーマスを取り上げないで!」


「ベティ……」


「お願い、ヒース……。わたしからあの子を取り上げないで……」


ベアトリスは我が子を奪われてなるものかと椅子から立ち上がり、一歩、二歩とヒースの方へと歩き始めた。その様子を見て、テオやエーリッヒが色めき立ち、間に入ろうとしたが、ヒースはこれを退けて母が来るのを待つ。


(ビンタだろうが、お尻ペンペンだろうが……それで気が済むのであれば)


ヒースとしても、彼女に酷なことをしている自覚はあるのだ。為政者として情を挟むことはできなくとも、息子としてその思いは受け止めることはできる。そう覚悟を決めていると……そのベアトリスは突然目の前で崩れ落ちた。


「母上!?」


これはどうしたことかと、ヒースは慌てて駆け寄り抱きかかえて言葉を掛けるが、反応は返ってこない。


「おい!誰か医者を!」


ヒースは心の底から声を張り上げて叫んだ。

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