第89話 悪人は、没落未亡人と令嬢を囲う(後編)
「さて、カタリナよ。お主だけここに留まるように言うた意味。もちろん、わかっておろうな?」
ヘレナが後ろ髪をひかれる思いでこの応接室から去って行ったあと、残ったカタリナにヒースは優しく言葉を掛けた。しかし、どういうわけか彼女は俯き、肩を震わせるのみで言葉を返そうとしない。
「ん?どうした。どこか具合でも悪いのか?」
心配に思ったヒースは、彼女の隣に座り直して、「大丈夫か?」と肩に手を置いた。すると、彼女の体がビクンと跳ねて……どういうわけか、ソファーから滑り降りるようにして、その場に土下座した。
「申し訳ございません!わたくしは……閣下のお情けを受けるわけには参りません!どうか……どうか!夜伽のことは、ご容赦を……」
「おい、それはどういう……」
一体何を言っているのか。キョトンとした表情でヒースはひたすらに頭を下げ続ける彼女に訊ねたが……彼女はそのまま急に立ち上がると、そのまま隠し持っていた短剣を抜き、自分の喉に突き刺そうとした。おそらくは、辱めを受けることを想定していたのだろう。手際がよかった。
「ば、馬鹿者!よせ!夜伽など、誰も命じておらぬ!まずは、話を聞いてくれ!!」
ヒースは自殺を止めようと、咄嗟に【四十八手】のスキルを発動して彼女の身柄を拘束しながら、説得を試みた。しかし……
「あ……だめ……か、か、感じて、なんか……あっん!」
やはりそのための技だったのだろう。カタリナは艶めかしい声を出して、ヒースをさらに困惑させた。ただ、力が抜けたおかげで短剣は床に転がった。ヒースはそれを思いっきり蹴飛ばしてから、彼女の拘束を解いた。
「はぁ、はぁ……」
胸元がはだけて見える谷間と乱れた吐息。これらはヒースの煩悩を刺激して、邪な気持ちを沸き上がらせた。いっそのこと、このまま押し倒して自分の色に染めてしまうのも有りなのではないかとも。
だが、ここで手を出してしまえば、やはりのちの統治に支障が及ぶのは明らかで……ヒースはぐっと我慢して、当初用意していた想いをカタリナに優しく告げた。
「あのな、ワシは確かに女好きではあるが、誰でもいいわけではないのだぞ。ましてや、他に好きな男がいると知っているのに手を出すほど、恥知らずではない」
その上で、ヒースは確認した。「好きな男とは、ハンスであろう」と。カタリナは顔を赤らめて小さく頷いた。すると、ヒースは言った。
「事情が変わり、カタリナの方にそういう気が起こらない限り、自分の方から無理やりに関係を迫ったりはしない」と。
そのうえで、なぜ彼女だけ残したのか理由を語る。
「お主、この領の復興の件では、先程のヘレナの案には反対したそうではないか。尤も、その計画は子爵家であれば受け入れることができない条件が含まれていたため、却下されたそうだが……そこまで言えば、ワシが何を言いたいのかわかるよな?」
「はい……。わたしは、この領の復興に罪人の労働力を当てにすることを提案しました。ただ、父は宰相様に頭を下げたくないと言い、母はこの領の民はどうするのかと言いました。ですので、妨げていた条件が消えた今、わたしの役目は……」
「そうだ。罪人の受け入れについては、ローエンシュタイン公爵にワシから速やかに実現してもらうように申し入れを行うことにする。だから、カタリナは自分が立てた計画通りに進めてくれ」
そう言って、彼女が立てたプランへの所見を書き込んだ資料をヒースは手渡した。そこには、「何も言うことはない。この計画の責任者に任じる」というメモ書きがあった。
「しかし、実施には少なくとも1億Gの資金が必要になります。現状でも3千万Gの借金があるというのに、可能なのですか?」
「借金については、どうしようもなくなったら商人を殺して踏み倒すから気にしなくても良い。それで、当座の資金だが……この3千万Gを使え」
ヒースは魔法カバンから1枚の小切手を取り出して、彼女に握らせた。それは、ローエンシュタイン公爵から貰ったクラウディアとの手切れ金だったりする。しかし、そんなこととは露とも知らずに、カタリナは感動して手を震わせながらそれを受け取った。
「残りの金についても、何とか調整を付けてルクセンドルフより順次送らせるから心配しなくてよい。お主は前だけ向いて、やりたいようにやってくれ」
それがこの領の発展、しいてはルクセンドルフ伯爵家の利益に繋がるとヒースは言った。ゆえに、カタリナは迷わない。姿勢を正して跪くと、改めてヒースに忠誠を誓ったのだった。
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