第189話 悪人は、魂の分身と再会する

「閣下……まさか、御自ら助けに来ていただけるとは……。このブレンツ、感激にございます!!!!」


宿で待つこと3時間。ようやく姿を見せたブレンツ子爵は、感激のあまり号泣して溢れる涙を何度も袖で拭っている。ちょっと暑苦しいくらいに。


「ま、まあ、生きていて何よりだ。あと、気持ちは分かったから、そろそろ落ち着いてくれ。色々と訊きたいこともあることだしな……」


それゆえに、ヒースは宥めに入る。このままでは、時間だけをロスして何もならないからと。


「それで……今はどのような状況に置かれているのだ?」


そして、泣き止んだのを見計らって、本題に入る。ヒースとしては、このままブレンツ子爵をロンバルドに連れて帰れば一件落着なのだが、彼の後ろに控えるこの国のレジスタンスらの姿を見れば、そう簡単な話ではないだろうと予感していた。


「実は……」


ブレンツ子爵は、ヒースの求めに応じて現在の状況について説明を始めた。曰く、首都は相変わらず魔族に占領されていて、地下水路に籠ってゲリラ戦法で日々を凌いでいると。


「特に今は、妖怪平蜘蛛が戻ってきており、ヤツが地下水路に流し込む毒ガスに耐えながら、反撃の機会を探っているところです」


「妖怪……平蜘蛛?」


「ああ、それは魔王の四天王と呼ばれる凶悪な魔族でして、ヤツが得意とする毒魔法や爆発魔法によって、このバタンテールは一夜にして壊滅に追い込まれまして……」


ヒースの心の動揺に気づくことなく、ブレンツ子爵の戦況説明はそれからも続く。大統領が死んだため、今は財務大臣であるカルミネが臨時政府の指導者となっていること、同行していた使節団の他のメンバーも全員無事であることなどを。


しかし、それらの話はもうヒースの耳には入ってこない。


(妖怪平蜘蛛だと……。まさか、アレが変化でもしたというのか?)


背筋に嫌な汗が流れて、ちらりとルキナを見た。すると、どうやら彼女もその可能性に気づいたようで、同じように青ざめていた。そのため、ヒースは確信を深めた。その妖怪の正体が転生神殿に置いてきた命と同等に大切だった茶釜であることを。


「それで……今、その茶釜…ではなく、妖怪平蜘蛛はどこでどうしている?」


「毒は相変わらず水路に流れ込んでいるので、トピリアにはいると思われますが……ただ、我々は地下にもぐっているため、どこに居るかまでは……」


「そうか。ともあれ、首都トピリアにはいるのだな?」


「はい、そう思われます……って、どちらに?」


状況が分かった以上、所有者として責任をもって回収しなければならないと考えたヒースは、早速その妖怪平蜘蛛と戦うべく、部屋から出て行こうとした。しかし、それより先に異変に気付いた。


「これは……毒か!」


空気に漂う臭いからすぐにそう判断して、ヒースは【解毒魔法】を発動させて周囲の空気を浄化した。


「ヒース!?」


「ルキナ……この部屋にいれば大丈夫だから、皆のことは頼む。どうやら、探す手間が省けた様だ……」


「ちょ、ちょっと!」


ルキナが止める声は聞こえたが、ヒースは止まらず宿の外に出た。すると、禍々しいオーラを纏った巨大な蜘蛛が空から大きな振動と共に落ちてきた。


「グルルルル……ん?アンタは……」


「ほう……蜘蛛の分際で言葉をしゃべるのか?面白い」


「いや……そうではなくて、もしかしてご主人?」


「いかにも、ワシは貴様の主、松永弾正久秀である。……で、どうする?降参してワシに茶でも馳走するか?」


「冗談じゃないわよ、この極悪人が。てめえが死ぬのは勝手だが、何でわたしまで道連れにしやがった!釜の中に火薬入れられて木っ端みじんに吹き飛ばされて……どれだけ痛かったと思っているんだ!!」


「まあ、そう言われると……確かに悪かったな。この通り詫びるから、元の茶釜に戻ってはくれぬか?」


「いやだ!もうお前のことなんて、信じられない!」


「そうか……それなら、もう一度痛い目にあってもらうとしようか」


ヒースはそう言って、まずは【四十八手】のスキルを発動させると、一瞬のうちに平蜘蛛の懐に入り、その大きな体をひっくり返した。


「くっ!起き上がれん!!」


平蜘蛛は蟹のように平たく這いつくばっているような体型をしているため、一度ひっくり返ると自分の力では起き上がれない。もっとも、通常であれば接近した段階で毒液を放つため容易ではないのだが、ヒースの【四十八手】はその隙を与えない程に昇華されていたのだ。


「さて、どうする?もう一度訊くが、降伏するか?」


できることなら、もう一度茶釜に戻って欲しいと願い、ヒースは情けをかける。但し、その一方でいつでも破壊できるように【爆弾正】の発動準備は怠らずに。


すると、平蜘蛛は観念したように告げた。「降伏する」と。

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