第141話 悪人は、重鎮たちを説得する
「おお、ルクセンドルフ伯。待っておったぞ。実はな……」
ようやく王宮に姿を現したヒースを見て、国王ユリウス8世の崩御をローエンシュタイン公爵クロードが伝えた。亡くなったのは昨日の夜だということも含めて。この場には王弟リヒャルトも、ティルピッツ侯爵ウィルバルトの姿もあった。
「死因は……毒殺の可能性が高い」
そして、クロードが苦々し気に続けて言った言葉に、ヒースはバルムーアがいよいよ攻めてくると確信した。それは、この場にいる3名も同じ意見のようで、その上で王太子ハインリッヒの廃立を行うことを告げてきた。
「新国王は、リヒャルト殿下。それを我らがお支えする。もちろん、伯爵にもそれに参画してもらいたい。賛同してもらえるかな?」
通常であれば、ここまで聞かされて断れば、口を封じられるから賛同するしか他に道はない。事実、この部屋の外……ティルピッツ侯爵の座っている場所の後ろにある扉の向こうには、武装した兵士と魔導士が十数名待機していた。すぐに飛び出せる構えをして。
しかし……ヒースは頷かない。そういう状況にあることを承知したうえで、クリスティーナに説明した通り、この計画の危うさを伝えた。
「いずれ、ハインリッヒは廃立する。あのような愚か者に王位を預け続けるのは危険だからな。だが……今はその時期ではない」
ヒースは臆することなくそう言って、ここは予定通りにハインリッヒに継承させるべきだと主張した。この意見にまず飛びついたのはリヒャルトだった。
「二人とも……ヒース君の言っていることは尤もだと思うが……どうだろう?」
元々、甥を追い落としてその座に就くことに消極的だったのだろう。ホッとしたような表情を浮かべて、彼は方針の変更に賛成する。すると、担ぐ神輿が不在になったことでクロードも「仕方ありませんな」と言って続いた。
但し、「いずれ必ずハインリッヒを引きずりおろすからな」と念を押しながらだが。
(さて、残るは……)
これで過半数の賛成を得た。だが、ウィルバルトが頷かなければ、その反論の内容によっては、この流れはまたどう変わるかわからない。そして……苦虫を潰したように眉間にしわを寄せて厳しい表情をしているところを見ると、どうやら納得していないらしい。
「ティルピッツ侯、何か申したいことがおありかな?」
「大ありだな。伯の言う地方貴族が寝返る?あり得ないことではないだろう。だが……それ以上にあやつを王位に就けた方がこの国にとって害悪となるのだ。なぜ、貴殿らはそれがわからんのだ!」
激しく机を叩いて、クロードの問いかけに反論したウィルバルト。何があったのかは知らないが、どうしてもハインリッヒの即位には反対らしい。
「しかし、侯よ。肝心のリヒャルト殿下がもうその気ではないのだ。それなのに、貴殿は一体誰を担ぐ気でいるのだ?」
「そ、それは……王族の誰かで構わないだろう」
「話にならんな。継承順位で言えば、トラキア公爵家のゲオルグ卿か、ノイバウアー公爵家のグスタフ卿になるだろうが……それでは地方どころかこの王都の貴族も納得せんし、何より選ばれなかった方が不満に思うだろう」
そうなれば、その時点でこの王国は内乱に突入して崩壊するだろうと呆れたように言うクロード。ウィルバルトの顔が屈辱で歪むが、それでも折れようとはせずになおも反論を言い立てる。
(予想通りだが……このままだとらちが明かぬな)
時間は有限である。だからヒースは、迷わず切り札を投入すべく、手を二度叩いた。すると……
「げ……」
クリスティーナの登場に、ウィルバルトの口から嫌そうな声が零れた。やはりだが、どうやら苦手にしているらしい。
「ルクセンドルフ伯!ずるいぞ、このような手を使って……貴様、恥ずかしくないのか!」
訂正。どうやら、苦手どころの騒ぎではないらしい。
「あら、親父殿。久しぶりに娘に会えたというのに、嬉しくないのかしらねえ……」
そう言いながら、何やら胸元から何枚かの写真をチラつかせた。余程まずいものなのか、ウィルバルトの落ち着きはなくなった。そして……
「あまり駄々をこねると、この写真をそこのテーブルに並べるけどどうする?まあ……わたしとしてはどっちでもいいわよ。親父が恥かくのも、王国が滅亡するのも」
クリスティーナがそう啖呵を切って、ウィルバルトは撃沈した。どうやら、それは本当に見られたくない代物だったようで……ついにヒースの提案を受け入れたのだった。
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