第142話 悪人は、宮内大臣への就任を打診される
「さて……王位継承の件は、ルクセンドルフ伯の提案を受け入れて、ハインリッヒ殿下に継承してもらうことになったわけだが……」
一名……まだ本心で納得できていない者が苦虫を潰したような顔をしているが、クロードは構わずに話を続けた。議題は、新体制についてだ。
「摂政にリヒャルト殿下、宰相は引き続きこのわたしが務めさせてもらうとしてだ。ティルピッツ侯には、内大臣に就いてもらう。まあ……ここまでは、国王が摂政に代わっただけだが……」
「内大臣?」
前世では聞いたことはあったが、この国にはそんな役職はなかったはずだと思って、ヒースは首をかしげてつい訊ねてしまう。すると、ウィルバルトが答える。
「近衛兵を含めて、王宮全般を統率する役職だ。本当なら、リヒャルト殿下とローエンシュタイン公の間をつなぐ役割を担うはずだったのだがな……」
ハインリッヒが王になるのなら、ヤツに好き勝手をさせないことが主要な任務になるだろうとため息をついた。そして、「だから嫌だったんだ」と本心を吐露した。
「しかし……先程も思ったのですが、なぜそこまで嫌うのですか?」
ウィルバルトの孫娘、オリヴィア嬢はハインリッヒの婚約者であり、二人の関係も悪くはないとルドルフからも聞いていた。しかも、その縁談は侯爵肝いりだったはずだ。
「もしかして、愛人でも作ったのですか?」
それなら確かにけしからぬ話だと、ヒースは自分のことを棚に上げてからかうように言うが……ウィルバルトはイラつくように「そんなことではない」と吐き捨てた。
「ハインリッヒがオリヴィアを洗脳して、ワシにローエンシュタイン公の排斥を強く求めてくるのだ。そんなことをすれば、この国はお終いだというのにな」
だからこそ、ハインリッヒは危険だとウィルバルトは訴える。今後何をしでかすかわからないと。
「おい……それは初耳だぞ!?」
「言えるわけがないだろ?ローエンシュタイン公よ。貴様に痛くない腹を探られては叶わぬし……それに、リヒャルト殿下が即位されたのならば何も問題なかったのだ。ヤツが死ねば、オリヴィアだけ残っても何もできぬからな」
そして、いつかは時間が彼女の考え方を変えてくれるはずだったとウィルバルトは言った。だが、一方でヒースは今の話に引っ掛かりを覚えた。
(どういうことだ?能力は封じたはずでは……?)
日々の会話の積み重ねの中で、思考をコントロールしたのであれば、何も問題はない。だが、封印した洗脳スキルが再び使えるようになっているというのであれば、これは由々しき問題だ。
(初等学院を卒業した以上、ヤツとの接点は少ない。アーベルに調べさせるか?)
だが、迂闊に近づいて逆に洗脳されてしまう可能性もあり、ヒースはどうしたら良いのかと悩んだ。
「それでだ。こうなった以上、腹を括るしかない。そうだよな?ルクセンドルフ伯よ」
「ん?……あ、ええ、そうですね。国を滅ぼすくらいなら、些細な問題でしょうな」
再び聞こえてきたウィルバルトの声に、ヒースは思考を中断せざるを得ずにそう答えた。スキルを使ったのかどうかはわからないが、オリヴィア嬢のことはあくまで他人の家の事情である。だから、ヒースは無責任にもそう答えた。しかし……
「それでは、貴殿にも手伝ってもらうことにしよう。構わぬよな?二人とも」
ウィルバルトはそう言って、ヒースを宮内大臣にするように提案した。共にあの阿呆の暴走を抑えてくれと。ヒースの顔色が変わった。
「ま、待て。ワシはまだ15歳なんだぞ。大臣などはもっと年寄りが……」
「何を言っておるのだ?国を滅ぼすくらいなら、些細な問題だろ。年齢のことは」
実力のある者を登用する。それはなんらおかしい話ではない。ゆえにこの人事を推し進めようとするウィルバルトに、リヒャルトもクロードも賛意を示した。
「ヤツを黙らした伯なら、これ以上適任の者はいないな。場合によっては殺してもいいから引き受けてくれんか?」
このような物騒な言葉を吐いたのはクロードだったが、こうなっては逃げるわけにはいかない。それに、洗脳スキルのことを調べることを考えるのであれば、宮内大臣になることは決してマイナスではなかった。
「わかった。本当に殺してもいいのなら引き受けよう」
ウィルバルト同様に本心では嫌で嫌でたまらないが……ヒースは腹を括って、そう答えた。
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