第143話 悪人は、主の留守中に家宅捜索を行う

「なに!?父上が崩御されただと!」


「はい、恐れながらその通りでございます。つきましては、殿下には速やかに広間へお越しいただきたく……」


そう言って感情を押し殺して目の前に座るバカ王子に告げるのは、ティルピッツ侯爵ウィルバルトだ。彼は、内大臣としての初めての仕事をしているが、まだそれを告げるわけにはいかず、あくまで婚約者の祖父という体でこの場に参上している。


「あいわかった。そういうことなら、王位は一日たりとも空位にするわけにはいかぬからな。早速参るとしよう」


そして、ハインリッヒは、特に悲しそうな顔を見せることもなければ、父王の死因を聞いたりもせずに、そのまま席を立ち、この部屋から急いで出て行ってしまった。


「殿下!お着替えを!」


殺されたヘルテルの後任として侍従となったカスパルというマイスナー子爵家の息子が慌てるようにしてその後を追うが、その光景を目の当たりにしてウィルバルトも、彼の付き添いという体で宮内大臣としての初仕事をしているヒースも呆れ顔を浮かべた。


「……ルクセンドルフ伯よ。やはり、あやつではダメではないのか。先王陛下の死を悼むことすらせずに、王位の継承のことで早速頭がいっぱいになるとは……」


「しかし、ティルピッツ侯。お気持ちはわかりますが、他に選択肢はありません。ここは……」


「わかっておる。つまり、我らはこれから忍耐せねばならぬのだな……」


それはもう心底嫌そうな顔をして、ウィルバルトはヒースにため息交じりで言った。それは、ヒースも同感であるが、一方で責任を感じていた。


ルキナに頼んで記憶を操作した影響で、前よりも阿呆になっているのではないかと疑念を抱いたからだ。


「それで、伯はどうする?ワシはあの阿呆の後を追って広間に戻るが……」


ウィルバルトは、ヒースが自分に付き添ってここに来たのは、何か目的があるのではないかと見てそう訊ねた。すると、ヒースはこれを認めて事情を話す。


「実は、ハインリッヒは【洗脳】のスキルを保持していたのです。まあ……厄介極まりないので、封印したのですが……」


もしかしたら、何かの拍子で封印が解けたのではないかとヒースは疑っていると伝えた。


「つまり、オリヴィアがおかしくなったのは……」


「はっきりとはわかりませんが、その可能性は否定できないかと……」


だから、ヒースはしばらくここに残って、何か痕跡がないか調べると言った。そして、ウィルバルトにはハインリッヒを広間の方で可能な限り引き留めて欲しいと。


「わかった。そういうことであるのなら、伯の言うとおりにしよう」


ウィルバルトはそう言って、部屋を出て行った。手伝い要員として、2名の文官を残して。


「それでは早速始めたいと思うが……」


探す場所は既に絞り込んでいて、左程多くはない。そのため、二人の文官——チャーリーとハロルドには、机の引き出しと本棚に怪しげな本がないかを調べてもらい、自身は金庫の中身を確認することにした。


「あいつはシスコンだったからな。暗証番号は……」


ルキナの誕生日を入力して、ヒースは金庫の中身を見た。そこには、1冊のノートがあり……表題には『封印の書』と書かれていた。


「これかな……?」


もし、【洗脳】スキルを使っていれば、日記などに何か記しているかもしれない。……そう思って、そのノートを開けて見ると、そこには『殺したい奴のリスト』とあって、宰相であるローエンシュタイン公爵や崩御した国王ユリウス8世の名も記されていた。


そして、末尾には……『ここに記した者は、我が呪詛の力によってやがて死ぬであろう』と。


「いや……人間誰もが、やがて死ぬだろう……?」


だがそれは、少年期特有の痛い黒歴史というモノだと気がついて、ヒースは読み終えた後、そっと元の場所に返した。但し、ついでとばかりに、ハインリッヒとバルムーアのルイ王の名も追加して。そうしていると、背後からハロルドの呼ぶ声が聞こえた。


「閣下、これではないでしょうか?非常にけしからんですな。没収してもよろしいでしょうか?」


彼がそう言って見せたのは、エッチな女性の写真集……つまり、エロ本だった。


「馬鹿者!真面目に探せ!」


ヒースは彼を𠮟りつけて、元にあった場所に戻すように指示した。但し、その『婚約者を寝取られて』というタイトルには、多少申し訳ない気持ちを抱いたが。


「閣下、日記のようなものが……」


「あったか!」


チャーリーの呼びかけに反応して、ヒースは机に駆け寄ってその中身を見た。すると、そこには……。

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