第144話 悪人は、若者たちの暴走を容赦なく叩き潰す
「それで、伯よ。何か見つかったのか?」
目の前で、ローエンシュタイン公爵クロードと王弟リヒャルトがハインリッヒにこれからの予定を説明している最中、広間に戻ってきたヒースを見てティルピッツ侯爵ウィルバルトが訊ねる。
しかし、ヒースは首を左右に振った。
「そうか……」
それに対して、ウィルバルトはそれだけ言って、それ以上は追及しなかった。もっとも、ヒースから【洗脳】スキルがあると聞かされても、実際に目にしたわけではないから今一つ実感がわいていないということもあった。
そして、再びハインリッヒの方に目を向けて、事の成り行きを見守る。当のハインリッヒはどうやらリヒャルトに「まずは父王の死を悼まれるように」と忠告されたらしく、今は先程とは全く違って殊勝な態度を示していた。だが……
(まさか、ハインリッヒの記憶が断片的に戻っているとはな……)
ヒースはルキナの詰めの甘さを苦々しく思いながら、日記に記されていた内容を思い出した。幸いなことに、ヒースに対する内容は記されていなかったので、まだ2年前のことは思い出していないのかもしれないが、それよりも重要視しなければならないのは、クロードへの恨みだ。
(道理であの『封印の書』とやらに、公爵の名前をびっしり書いているはずだ。今でもすぐに殺したいのだろうな……)
日記には、自分を裏切ったクロードへの怒りと報復を予告する記述が確認されたのだ。おそらく、このまま王に即位したハインリッヒは、クロードをまず誅殺しようと動くことだろう。だが、それはこの国を滅ぼす悪手でしかない。
だから、そうなる前にヒースは動くことにした。
「それでは、新王陛下。先王の崩御と御即位をこれより内外へ布告します。よろしいですな?」
目の前では丁度説明が終わったのだろう。クロードが恭しくそう告げて、ハインリッヒに退出を促そうとしていた。もう今日の所の用事は終わったからと。
だが、やはりというか。ハインリッヒは頷かない。
「ローエンシュタイン公よ。余が即位するにあたり、その方に申したいことがある」
「……なんでしょうか?」
「それはだな……余は貴様が許せん。よくも裏切ったな!」
ハインリッヒは勢いよく椅子から立ち上がり、手を二度叩いた。手筈では、この合図でカスパルが私兵を率いて、この場でクロードを誅殺することになっていた。だが……
「おい、カスパル!何をしているか!出番だぞ。早く参らぬか!!」
残念なことにいつまで経ってもその頼みの綱であるカスパルとその仲間たちは、この広間に姿を現さなかった。
そして、仕事を終えてきたヒースがクロードの耳元で囁く。ハインリッヒが何をしようとしていたのかを。
「ほう……流石は手際がよいな」
クロードは短くそう答えて、ヒースの仕事振りを称える。ちょうど目の前で、ハインリッヒが……カスパルたちが出てくるはずだった扉を開けていた。
「な……こ、これは……」
そこにいたのは、苦しそうに口からよだれを垂らしながら、もがき苦しんでいるカスパルとその仲間たちの姿だった。
「お、おい!しっかりしろ!何があったんだ!?」
ハインリッヒが駆け寄ってカスパルを励ましたが、そのカスパルは震えた指をヒースに向けた。アイツにやられたと言わんばかりに。
「ル、ルクセンドルフ伯!これはどういうことだ!?」
「どうもこうもありませんよ、新王陛下。わたしは、この者がそこで佩刀しているのを見つけて、適切に処罰したまでですよ」
この王宮では、剣に限らず武具の類の持ち込みは禁止されている。ヒースはそのことを持ち出して、自分の行いを正当化した。もちろん、それではハインリッヒは納得しない。
「何を勝手なことをするか!カスパルの佩刀は余が許可したものだ。大体、貴様……何の権限があってここまでするか!」
見た限りでは、おそらく毒魔法が使われたのだろう。ただ、苦しみ続けているものの、未だに死んだ者がいない所を見ると、死に至るほどの強力なものではなさそうであるが……
「答えよ、ルクセンドルフ伯。佩刀は確かに禁止事項であるが、それは魔法の使用も同じ事であろう。何の権限があってこのような暴挙に出たのか!」
ハインリッヒは怒りに満ちた眼差しで、ヒースを見た。だから、ヒースは遠慮することなく答えてやった。宮内大臣として、当然の務めを果たしたまでだと。
「宮内大臣だと!?馬鹿な!余はまだ誰も任命しておらんぞ!」
しかし、それはハインリッヒにとっては始めて聞く話のようだった。
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