第145話 悪人は、息を吐くように嘘をつく

「あれ?まだ言ってなかったのですか?」


ハインリッヒの様子を見て、ヒースは思わずクロードに確認する。てっきりすでに伝えているものだと思っていたとして。


すると、クロードは答える。「それは伯の役割だろう」と。


「ハインリッヒを王にすると言ったのは、そなたであろう?せめて、それくらい責任は取ってもらいたいものだ」


笑いながら彼はそう言うが、目の前でそれを言われてしまえば、ハインリッヒの心は当然だが穏やかではない。


「ちょ、ちょっと待て!今、余を呼び捨てにしたな!」


「この無礼者!」と怒鳴り声を喚き散らすハインリッヒを見て、ヒースは思う。「そこかよ」と。そして、このような『おつむの弱い』王を誕生させたことに多少なりとも責任を感じた。


「ハインリッヒ陛下。それではわたくしより説明しますが……まずは落ち着かれますよう」


「う、うむ。そうだな、わかった。だが……一応確認するが、伯は余の味方なのだな?」


今の話から、自分を王に推挙したのがヒースだと理解したが、一方でカスパルたちに酷いことをしたということもあって、完全に信用しきれずにこのような質問をしたのだろう。


縋るような目を向けるハインリッヒに、ヒースは思わず吹き出しそうになるが、それを飲み込んでいけしゃあしゃあと言い切る。


「当然でございます。このヒースは、どこまでも陛下のお味方にございます」


この程度の嘘は、前世で息を吐くようについてきたのだから、今更罪悪感など生まれようはずもない。そして、クロードに押し付けられた責任を果たすように、あらかじめ取り決めていた新体制について説明した。


リヒャルトを摂政につけて、クロードは宰相を続投。そして、ウィルバルトを新設の内大臣に据えて、それを支える宮内大臣に自分が就任すると。


「陛下はまだ幼いですからな。最低でも高等学院をご卒業されるまでは、政務のことは一切お二方に委ねられて、ゆくゆくは名君になられるための準備をして頂きたい……まあ、そういった所でございます」


そして、その(足を引っ張る)サポートをウィルバルトと自分が行うとヒースは付け加えて、ハインリッヒ用の表向きの事情説明を終えた。


「なるほど……よくわかった。余も正直申して不安だったのだ。果たして、父上のように王としての責務を全うできるかとな。卿らがそう申してくれるのであれば、余としても異存はない。よろしく頼む」


殊勝な態度でそう言うハインリッヒだが、「全然わかってないだろう」と、ヒースは心の内でそう思った。だが、そのことは当然口にすることなく、ウィルバルトに合図を送る。王権委任状にサインをさせるためだ。


「陛下。つきましては、この書類にサインをお願いします」


「なんだ、これは……?」


「今、ルクセンドルフ伯が説明した人事を承認するための書類にございます」


確かにその書面には、リヒャルトを摂政に任命することをはじめとした今話した内容が記されているが、それ以外の内容も書かれている。例えば、「御璽、国璽は摂政たるリヒャルトが保持する」など、王であっても権力を行使できない縛りなども小さな文字で記されていた。


だが、ハインリッヒはそのことに気づかずに署名を終える。


「これでよいか?」


「結構でございます。それでは、あとのことは我らにお任せされて、陛下には先王陛下の葬儀の日までお健やかに過ごされますように」


ウィルバルトは表情を一切変えずに、恭しくそう告げて退室を促した。カスパルたちのことを心配そうに確認するハインリッヒに、「あとで送り返します」と付け足して。


「わかった。よろしく頼む」


ハインリッヒにとっては、ウィルバルトは婚約者の祖父だ。ゆえに、少なくとも彼だけは味方だと疑っておらず、そう言って部屋から出て行った。しかし……


「侯も人が悪いですな。送り返す場所をあえて言わないなんて」


我慢できなくなってヒースは噴き出した。そうなのだ。彼らがこれから送り返されるのは、すなわち……あの『転生神殿』だ。


「仕方あるまい。本当のことを言って、今騒がれては面倒になるだろ?」


「とはいっても、あとで知られれば面倒になりますがね」


ヒースはそう言ってウィルバルトの発言の穴を指摘するが……一方で止めるようには言わない。カスパルは前任のヘルテルとは異なり、真剣にハインリッヒを補佐しようとしていて、今後目障りになるだろうと予測できたからだ。始末することには異存はなかった。


「では、こやつらは国王暗殺未遂の大逆罪で『八つ裂き』といたしましょう」


本来であれば、新王即位の早々に側近が裏切ったというのは、外聞が悪いので内密に処理するのが妥当だろうが、ヒースはあえてそのようにすると言った。そうすることがハインリッヒの汚点になると見越した上で。


つまり、ハインリッヒの味方になる者など、初めからここには誰もいなかったのだった。

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