幕間 権力者たちは、未来の裏切りを警戒する
「それで……侯の目から見て、ルクセンドルフ伯はどうであった?」
ハインリッヒを罠に嵌めた日の夜、私邸に招いたティルピッツ侯爵ウィルバルトにそう訊ねたのは、ローエンシュタイン公爵クロードであった。隣には、クラウディアの父親であるクライスラー侯爵マルクスもいる。
「あれは……聞いていた以上の傑物だな」
「侯もそう思うか」
「ああ、そうだな。頭はキレるし、何より敵に対して容赦がない。普通は無実の者を死刑にするのだから、多少は躊躇するなり、温情を与えたりするものなのだが……」
カスパルの一件ではそれを全く見せなかったのだ。しかも、『八つ裂き刑』という死刑でも最も重い処罰を決断するその姿勢は、味方といえども背筋が冷たくなったとウィルバルトは言った。そして、絶対に敵に回したくはないと。
「だが、味方にすれば、これほど頼りになる者はおらんということだろう?」
「そうだな……。味方であるうちは、公の申す通りだな」
ウィルバルトはそう言って、心の内に浮かんだ懸念を伝える。「ルクセンドルフ伯は、本当にこの先も味方で居続けてくれるのか」と。
「なんだ?その含みのある言葉は。何が言いたい?」
「公よ、考えて見られよ。ハインリッヒを始末した後、王位はどうなる?」
「それは、リヒャルト殿下だろう。他にいないからな」
先代のユリウス8世に近い血縁はあまり多くはいないのだ。次点の候補となるトラキア公爵ゲオルグとノイバウアー公爵家グスタフは、どちらも『はとこ』に当たるため、ルキナがいる以上、後継者に選ばれる可能性はほぼ皆無である。
しかし、そのことを考えてクロードは気づいた。リヒャルトの後を継ぐのがルキナで、そのとき隣に立つのがヒースであることを。
「つまり、侯が心配していることは、王配となったルクセンドルフ伯が我らの排除に乗り出すということか?馬鹿な……あれにはうちのクラウディアを……」
「そうだ。公は孫娘を嫁がせるから大丈夫だと思っているかもしれないが……聞くところによれば、あの者はまだ幼い実の弟を後顧の憂いをなくすために、始末しようというではないか」
それゆえに、ヒースにとって血縁関係は左程意味を持つものではなく、仮に邪魔になれば容赦なくその牙をこちらにむけるのではないかと、ウィルバルトは懸念した。これにはクロードも流石に否定しきれなかった。
「しかし、それならどうすればよいのだ?いつバルムーアが攻めてくるかもしれないというこの状勢では、ルクセンドルフ伯の力は欠かせないぞ」
「もちろん、誰も伯を排除しろとは言っておらん。ただ、ヤツが力を持つようなことがないようにしなければならんとワシは思うのだ」
そして、ウィルバルトは、先王の遺命であるヒースのアルデンホフ公爵家の継承を見送るべきだと主張した。虎に翼を与えてはならないと。
だが、これにはマルクスが反対した。虎の足かせにするためにむしろ与えるべきではないのかと言って。
「情報局に集まっている情報によれば、アルデンホフ公爵領の混乱はかなりひどいようです。海賊の襲撃と略奪で治安は悪化し、それに付け込んで怪しげな宗教も蔓延しているようで……」
「「怪しげな宗教だと!?」」
この国の宗教は、近隣諸国と同じように一つしかないはずだった。偶に教皇庁の教えが間違っていると主張して徒党を組む者も現れないわけではなかったが、一般的にそういった者は異端者として、現地の教会が主導して速やかに宗教裁判にかけられることになっている。
「現地の教会は機能していないのか?」
「義父上……。その数はすでに万に至っているという知らせが入っております」
それゆえに、教会関係者はとっくの昔に領の外へ脱出し、さらに言えば、政府が任命した代官も身の危険を感じて近隣の貴族領に退避したという。
「ですので、わたしは逆にヒース君にできるだけ早くアルデンホフ公爵領を与えて対処させるべきだと思います」
そうすれば、その対応に追われてヒースは少なくない資産と労力を費やすことになるのだ。いずれは乗り越えることができたとしても、その間に自分たちは揺るぎない体制を築いておけば、何も恐れることはないだろうと。
「なるほど……確かにそれならば、あのルクセンドルフ伯といえども、苦労することだろうな。どうだ、ティルピッツ侯。それで手を打たぬか?」
クロードがそう言って、ウィルバルトに決断を促すと、彼は「承知した」と短く返した。不服そうな顔をしていないことから、一先ずは納得したものだとマルクスは理解した。
(それにしても……)
この二人のやり取りを見て、彼は思ったのだ。この二人は一体いつまで権力の座にしがみつく気なのだろうかと。
(義父上もティルピッツ侯も、共に今年で63歳だ。ヒース君が王配になるのが仮に30歳だとして、そのころには80歳に近いというのにな……)
無論、本当にまだ権力の座に居座り続けているのかもしれないが、順番待ちをしている側からするとたまったものではない。それゆえに、そのときはヒースの味方になろうと密かに心を決めたマルクスであった。
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